「経営にアクセルが必要な時とブレーキが必要な時の違いって何だろ~?( ̄ー ̄?)」
「会社の経営がどんな状況だったらアクセルが必要で、どんな状況ならブレーキが必要になるんだろ~? ( ̄∧ ̄ ) 」
「本当はアクセルが必要な時に、アクセルを踏まずにブレーキばかり踏んじゃったら、経営はどーなっちゃうんだろ~? ( ゜Д゜) 」
「本当はブレーキが必要な時に、ブレーキを全く踏まずにアクセルばかり踏んじゃったら、経営はどーなっちゃうんだろ~? (;゜∇゜) 」
「経営にアクセルが必要か、それともブレーキが必要かって、何を基準にどう判断したらいいんだろ~? (´Д`lll)」
「経営は山あり谷ありってよく言うけど、経営にアクセルが必要な時とブレーキが必要な時の違いとも関係しているのかな~? ( ´△`;) 」
「ってゆーか、そもそもの話、経営で言うところのアクセルって何だろ~? ( ̄▽ ̄;) 」
「ブレーキって、経営においてはどんなことが該当するんだろ~? σ( ̄∇ ̄;) 」
などなど、このような疑問の声をお聞きすることもあるんですが・・・
( ´・ω・`)
「経営理念・ビジョン・経営計画等の作成」、「中小企業の経営に役立つ情報活用」、「組織人事戦略(戦略的な組織づくり)」、「人材育成戦略(戦略的な人材育成)」などのお手伝いを行なっているからなのか・・・
「爆発・炎上・崩壊組織」で消防のお手伝いを行なうこともあるからなのか・・・
こーゆー疑問って意外と大事
なんじゃーないかな~???
(`・ω・´)
なーんて感じることもあるのと、それにコレってもしかしたら・・・






などなどにも、ある意味関係するっちゃーする面もあるのかも~???
なーんて感じるコトもあるので、一緒に考えてみません? (^^)
あ、モチロン、「自律的に」という意味で。
ちょっと興味あるかも~?
って言ってくださる方は、お付き合いいただけると嬉しいです。
(^^)/
経営にアクセルが必要な時とブレーキが必要な時の違いって?
(パート1)
んーと、もしかしたら・・・




なんかにもある意味関係するかもしれないので・・・
どちらかと言うと、ブレーキよりもアクセルの方が必要な時が多いと感じている経営者の立場の方の例えばこんな声から、まずは考えてみるのはどーでしょう?
(。・ω・)b
経営にアクセルが必要な時とブレーキが必要な時の違いって?
ブレーキよりアクセルの方が必要と感じている経営者Aさんの声
経営にはアクセルが必要な時もあれば、ブレーキが必要な時もありますよね。
車にアクセルが必要な時もあれば、ブレーキが必要な時もあるのと同じだと思います。
つまり、経営においても同じで、アクセルもブレーキもどちらも必要じゃーないでしょーか?
アクセルもブレーキもどちらも必要だとは思うものの、経営においては、どちらかとゆーとブレーキよりもアクセルの方が必要な時が多いように私は感じているんですけどね。
経営に関してブレーキよりもアクセルの方が必要な時が多いと感じる理由はとゆーと、アクセルを踏まずにブレーキばかり踏んでいたら前に全然進まないからなんです。
例えば、会社の方向性を考える時なんかは、アクセルを踏み続けてばかりいたら考えたくても考えられなくなってしまいますよね。
だから、時にはブレーキを踏んでじっくりと考える必要もあるとは思います。
でも、会社の方向性を決めたら、その方向性に向かってアクセルを踏みこんで前進する必要があるじゃないですか。
そんな時にアクセルを踏まずにブレーキばかり踏んでいたら、何のために方向性を決めたのかわからなくなっちゃいますし、いつまで経ってもその方向に進めなくなっちゃうじゃないですか。
逆に言うなら、途中でブレーキばかり踏む必要がなくてアクセルをずぅーっと踏んでいられるぐらい、あらゆる事態を想定した上で、経営計画を綿密に立てるとかして、会社の方向性をきちんと決めてからアクセルを踏んだ方がいいとも言えるのかもしれませんが。
経営にアクセルが必要な時とブレーキが必要な時の違いって?
ブレーキよりアクセルの方が必要と感じている経営者Bさんの声
経営にはアクセルが必要になる時もあるだろーし、ブレーキが必要になる時だってあるものですよね。
私としては、アクセルの方がブレーキよりも必要になるのは経営に関しても同じだと思いますけどね。
え?
経営に関してアクセルの方がブレーキよりも、どーして必要と感じるのかって?
そりゃー、ブレーキばかり踏んでいたらビジネスチャンスを逃してしまうからですよ。
ビジネスチャンスとも言える機会が目の前にあるのに、うーん・・・、どーしよっかなー・・・などと考え込んでしまったり迷ってしまったりしてブレーキをかけてばかりいたら、どんなにいい機会であっても取り逃してしまうじゃないですか。
そんな時こそ、アクセルが必要なんじゃーないでしょーか?
例えるなら、真っすぐな道でガラガラに空いている道なら、アクセルを踏むことはあってもブレーキをかける必要なんてありませんよね。
ブルーオーシャン状態だったら尚のこと、前進あるのみでしょーし、競合他社が参入して来て利益が出なくなってしまう前に、稼げるうちにアクセルを踏んで稼いでおいた方がいいでしょーし。
やらずに後悔するより、やって後悔する方がまだマシでしょーし。
やらずに後悔するぐらいだったら、起業なんてしていないでしょーし。
あ、モチロン、いくらアクセルを踏むと言っても、用心深さが全然必要じゃないって意味じゃーないですよ。
石橋を全く叩く必要なしって意味でもなければ、アクセル全開で猪突猛進がいいって意味てもないですよ。
急に横から人が飛び出して来るような不測の事態もあるかもしれないし、前の車が何らかの理由で急停止することだって起こりえますから。
経営の場合に置き換えると、経営環境の変化も考慮する必要がありますよね。
怪しいお金儲けの話もあることですし、リスクに関してもある程度考えておかないと、事業継続の危機に陥ってしまいますから。
だけど、何だかんだ言っても、こと経営に関しては、最終的には勘と経験と度胸(KKD)で決めざるを得ないことも多いですよね。
特に今まで経験したことがないビジネスについては。
そして一度決断したからには、アクセルを踏んでがんばるっきゃーないですよね。
自分が決めたことなんですから。
世の中にはリスクが全くないビジネスなんて存在しませんし、リスクを恐れてブレーキばかりかけていたら経営なんてできませんし、経営者なんてやっていられませんから。
経営にアクセルが必要な時とブレーキが必要な時の違いって?
ブレーキよりアクセルの方が必要と感じている経営者Cさんの声
経営にはアクセルが必要になる時もあれば、ブレーキが必要になる時もありますよね。
アクセルが必要な時にブレーキばかり踏むのは、さすがにいかがなものかと思いますね。
ブレーキが必要ないとまでは言いませんけど、アクセルペダルから足を離す時はあったとしても、それ以外の時はアクセルを踏み続けてもいいんじゃないですかね?
え?
経営に関してアクセルの方がブレーキよりも、どーして必要と感じるのかって?
うーん・・・、創業社長ってそーゆー考え方の人が多いからなんじゃーないですかね?
創業して以来、ずぅーっとアクセルを踏み続けて走り続けているから。
そもそも経営ってのは、たとえ考える時であっても、アクセルを踏み込んで走りながら考えるのが当たり前じゃないですか。
アクセルペダルから足を離してちょっとスピードを落として考えることはあっても、ブレーキを踏んで完全に止まってしまうことって、有り得ないと私は思うんですけどね。
猛スピードでいつも走り続けるのはさすがに疲れることもあるでしょーから、たまにはスピードを落としてもいいのかもしれないけど、ブレーキを踏んで完全に止まってしまうのは、会社が倒産してしまう時になっちゃうんじゃーないですかね?
ゆっくりしたければ死んでからでもできるから、アクセルを踏み続けているってゆーか。
だから、生きている間はアクセルを踏み続けているってゆーか。
創業社長が知人に多いせいか、少なくとも私の周りの経営者は、こーゆー考え方の人が多いんです。
類は友を呼ぶってヤツなのかもしれませんが。
経営にアクセルが必要な時とブレーキが必要な時の違いって?
(パート2)
うーむ・・・
どっ・・・、どーでしょう???
「だよなー、経営者だって人間だから迷うこともあれば悩むこともあるから、アクセルを踏むかどーかについても迷うこともあるもんなー・・・ (´Д`lll)」
「だけど、その度にブレーキばっか踏んでいたら前に進めなくなっちゃうもんなー (;´д`) 」
という方も、いらっしゃれば・・・
「せっかく起業したんだから、アクセル全開で走り続けたいもんなー・・・ σ( ̄∇ ̄;) 」
「アクセルを踏み続けたいのに、ブレーキをかけなきゃいけない状況って、めちゃめちゃストレスになっちゃうもんなー・・・ (o´д`o)=3 」
という方も、いらっしゃれば・・・
「何かについて経営判断するまではブレーキをかけて、決断した後はアクセルを踏むのみって感じなのかも・・・!? ( ̄・・ ̄)」
「コレが逆だったらマズイもんなー、経営判断前にアクセルを踏み続けていたらヤバイし、決断してからブレーキばっか踏んでいても前に進まないし・・・ ( ̄∧ ̄ ) 」
という方も、いらっしゃれば・・・
「だとしたら、経営にアクセルが必要な時とブレーキが必要な時の違いって、もしかしたら必要な時期の違いってコトなのかも・・・!? (´ε`;) 」
「結局のところ、経営にもアクセルとブレーキの両方が必要だもんなー (´・ω・`) 」
という方も、いらっしゃれば・・・
「ってゆーか、そもそもの話、経営で言うところのブレーキって何だろ~? (・_・;) 」
「経営におけるアクセルはナントナークわかるんだけど、どんなことがブレーキにあたるのかわかりそーでイマイチわからないんだけど??? ( ゜Д゜) 」
という方も、いらっしゃるんじゃーないでしょうか?
んでー・・・、もしかしたら・・・




なんかにもある意味関係するかもしれないので・・・
アクセルもブレーキも両方必要だけど、アクセルよりもブレーキの方が必要な時があると感じている経営者の立場の方の例えばこんな声からも、考えてみるのはどーでしょう?
( っ・ω・)っ
経営にアクセルが必要な時とブレーキが必要な時の違いって?
アクセルよりブレーキが必要な時があると感じている経営者Dさんの声
経営にはアクセルが必要になる時もあるけど、ブレーキを踏む必要が生じる時だってやっぱりあるんですよね。
アクセルだけではなくブレーキも両方必要だと、今はつくづく感じるようになりましたよ。
え?
経営で言うところのアクセルやブレーキは何にあたるのかって?
経営者によっていろんな考え方があるだろーしあっていいと思うんだけど、私が思うアクセルはとゆーと経営理念やビジョンに向かって進む力みたいなイメージで、ブレーキはとゆーと軌道修正を行ってアクセルを踏むエネルギーを蓄える機会みたいなイメージでしょーか。
そもそも起業したのは、どーしても達成したい経営理念やビジョンがあるからですよね。
その経営理念やビジョンに少しでも近づくためのアクセルを踏み込んでいるんですよね。
だけど、その経営理念やビジョンと乖離した方向に進んでしまっていることだってありますよね。
自分ではそんなつもりはなかったとしても、いつの間にか目指す方向がズレてしまっていることとか。
そんな時にこそブレーキを踏んで、一旦立ち止まってみた方がいいと思うんです。
軌道修正を行ういい機会になりますから。
だって、アクセルを踏み続けているとスピードが出るけど、その代わり周りの景色が見えなくなってしまって、さらに迷子になってしまいますから。
ブレーキを踏んで一旦立ち止まってみると、周りの景色がよく見えて来て、自分が今どこにいるか見えて来て、軌道修正を行うことで迷子から脱却することだってできるじゃないですか。
それに、アクセルを踏み込んでフルスピードで走っている時には気づかなかったことって、意外とたくさんありますしね。
気づけなかったことに気づくことができることによって、経営理念やビジョンに向かって進む力がパワーアップすることだってあるんじゃないですかね?
こんな風にアクセルとブレーキについて考えてみると、アクセルもブレーキも経営においてどちらも必要だと思いませんか?
アクセルを踏んで前進することも必要。
だけど、ブレーキを踏んで一旦立ち止まって、自社の立ち位置を確認することも必要。
そして、ブレーキを踏んだお陰で気づけたことや見えて来たことを活用して、アクセルのパワーをアップすることも必要。
こう考えると、アクセルとブレーキって相乗効果と言えるももしかしたらあるのかも?
どーしてこーゆーことを言うのかとゆーと、当時の私はアクセルばかり踏んでいて、ブレーキを踏んでいなかったために、失敗をやらかしちゃったからなんですけどね。
なので、失敗から学ぶことって大事だよなーって、今はつくづく思いますよ。
失敗から学ぶことだって、一種のブレーキでもあり、アクセルのパワーアップにもつながりますから。
それに、そもそもブレーキをあの時踏んでいなかったら、失敗をやらかしていたことに気づくこともなかったと思いますしね。
経営にアクセルが必要な時とブレーキが必要な時の違いって?
アクセルよりブレーキが必要な時があると感じている経営者Eさんの声
経営には、アクセルが必要になる時もあります。
だけど、ブレーキが必要になる時だってありますよね。
車には、アクセルだけでなくブレーキもついているじゃないですか。
どちらかしかない車なんて存在しませんよね。
経営に関してもそれと同じだと思います。
つまり、経営においてもアクセルだけでなくブレーキも必要だってことなんですよね。
もしもブレーキを踏むことなくアクセルばかり踏んでいたら、一体どーなっちゃうのか考えてみたら怖くなっちゃいますよね。
例えば、カーブにさしかかる時に、ブレーキを踏むことなくアクセルばかり踏んでいたらどーなっちゃうのかとか。
夜間や悪天候などで視界が悪い時に、ブレーキを踏むことなくアクセルばかり踏んでいたらどーなっちゃうのかとか。
行き止まりの道で、ブレーキを踏むことなくアクセルばかり踏んでいたらどーなっちゃうのかとか。
崖に向かって走っている時に、ブレーキを踏むことなくアクセルばかり踏んでいたらどーなっちゃうのかとか。
経営は山あり谷ありって言うけど、谷に向かって走っている下り坂の時に、ブレーキを踏むことなくアクセルばかり踏んでいたらどーなっちゃうのかとか。
逆に、山に向かって走っている上り坂の時に、アクセルを踏むことなくブレーキばかり踏んでいたらどーなっちゃうのかとか。
経営に関しても、こーゆーことと同じなんじゃーないのかな~???
だからこそ、経営においてもアクセルだけでなくブレーキも、どちらも必要なんじゃーないのかな~???
なーんて感じちゃったりなんかしません?
って、散々失敗をやらかした今だからこそ思うんですけどね。
当時の私は、谷に向かって走っている下り坂の時に、ブレーキを踏むことなくアクセル全開で走っちゃっていましたから。
それも自信満々で。
怖いのは、谷底に向かっているのにアクセルを踏み続けているってことに、自分では気づけなかったってことなんです。
つまり、山に向かって上り坂を走っているって思いこんで、アクセル全開で走っていたんです。
正確に言うと、下り坂を走っているって途中で気がついていたと思います。
だけど、経営者としてのプライドがあったからなのか、それでもアクセルを踏み続けていたんです。
で、谷底が目の前に見えて来た時に、慌ててアクセルから足を離して急ブレーキをかけたってことなんです。
急ブレーキをかけて、どーにかこーにか止まれたから良かったものの、危うく谷底に激突して大破してしまうところでしたよ。
だからこそ、今は思うんです。
経営においても、アクセルだけでなくブレーキも必ず必要になるってね。
だって、経営には良い時もあれば悪い時も必ずあるし、山あり谷ありなんですから。
経営環境の変化が激しい時代であっても、経営者である限り外部環境のせいにすることはできませんから。
経営にアクセルが必要な時とブレーキが必要な時の違いって?
アクセルよりブレーキが必要な時があると感じている経営者Fさんの声
経営においても、アクセルばかりではなくブレーキが必要になる時もあります。
経営に関してだけではなく、何でもそーなんでしょーけど。
共同経営の場合だと、どちらかの経営者がアクセル役でどちらかの経営者がブレーキ役に自然と役割分担しているように感じていますしね。
それぞれの経営者にもよるんだろーけど、営業を得意とする経営者がアクセル役になっていて、経理や人事を得意とする経営者がブレーキ役になっていることってよくあるんじゃーないでしょーか?
ウチの会社はまさにこのパターンなんです。
だから、考え方が違っていてぶつかることもよくありますよ。
だけど、アクセルとブレーキって点で考えてみると、こーゆーカタチの共同経営だと、バランスがとれているように思えるように今は思いますね。
どちらかの経営者がアクセルを踏みすぎると、もう片方の経営者がブレーキをかけるし。
どちらかの経営者がブレーキばかり踏んでいると、もう片方の経営者がアクセルを踏み始めるし。
意見が対立してケンカになることもあるんだけど、コレはコレで一種のクリティカル・シンキングとも言えるのかもしれないし、共同経営ならではの良さとも言えるんじゃーないでしょーか
ただ、あまりにも価値観が違い過ぎると空中分解してしまいかねないですけどね。
だから、経営者同士でどんなに性格が違っても、得意分野が違っていても、共通の価値観が必要になるんだと思います。
そもそも、2人以上なら組織だろーから共同経営だって立派な組織なんでしょーし、組織と言うからにはその組織ならではの共通の目的が必要になるんでしょーし。
経営にアクセルが必要な時とブレーキが必要な時の違いって?
アクセルよりブレーキが必要な時があると感じている経営者Gさんの声
経営には、アクセルだけじゃーなくて、ブレーキだって必要になる時もありますよね。
だけど、経営者がたった一人でアクセル役とブレーキ役の両方を兼ねるのは、なかなか難しいことだってありますよね。
経営者がたった一人で経営している場合は、アクセル役とブレーキ役の両方を兼ねざるを得ないと思います。
でも、共同経営の場合とか従業員を雇用している場合とか、組織をつくっている時は、経営者が一人でアクセル役とブレーキ役をする必要はないんじゃーないでしょーか?
経営者の多くはアクセル役で、現場の従業員がブレーキ役になっていたり。
部署によってアクセル役になっていたり、ブレーキ役になっていたり。
一種の役割や役目みたいな感じで、意識はしていなくても、アクセル役とブレーキ役を社内の誰かが担っていることって、実はよくあるんじゃーないでしょーか?
そう考えると、組織って上手くできているよなーってつくづく感じますよ。
コレこそ、組織にしかできないことでもあるでしょーし。
問題はとゆーと、アクセルとブレーキのバランスが崩れた時なんじゃーないでしょーか?
例えば、従業員がイエスマンばかりになってしまって、社長が裸の王様になってしまった時とか。
こーゆーケースって、組織全体でアクセルばかり踏んでしまいがちで、下手をしたら組織全体が暴走してしまうかもしれませんし。
他にも例えば、セクショナリズムが激しくて部署間の対立がある時とか。
顧客はモチロンのこと多くの従業員にメリットがない状態に陥ってしまっている時とか。
こーゆーケースって、アクセル役やブレーキ役以前の状況だし、社会への貢献とか顧客への貢献とか以前の状況だから、何のための組織なのか、誰のための組織なのか、わからなくなっちゃいますよね。
ウチの会社が、まさにこーゆー状況に陥ったことがあったから言うんですけどね。
だからこそ、経営理念やビジョンが必要になるんだとつくづく感じるようになりましたよ。
つまり、経営理念やビジョンを明確にしていたら、その経営理念やビジョンに向かって、アクセル役とブレーキ役に自然と役割分担される場合もあるのかも!?と、今は感じるようになりましたね。
逆に言うと、経営理念やビジョンがなかったり経営理念やビジョンが不明確だったり、会社の方向性が不明確だったりすると、手段の目的化に陥ってしまうだけだと思います。
実は、当時のウチの会社にも経営理念やビジョンらしきものは一応あったものの、とりあえずテキトーに考えただけだったんです。
そのツケが回って来たとも言えるんでしょーけど。
アクセルとブレーキについて考えてみることによって、経営理念やビジョンを明確にすることって、あくまでもスタートなのであってゴールではないんだなーって、痛感しましたよ。
経営にアクセルが必要な時とブレーキが必要な時の違いって?
アクセルよりブレーキが必要な時があると感じている経営者Hさんの声
経営にはアクセルが必要になる時もあるだろーし、ブレーキが必要になる時だってあるものですよね。
特に創業社長の場合だと、生き急ぐかのようにアクセルばかり踏んでいて、いつもアクセル全開でと言いたいところだけど、それでもブレーキがやっぱり必要な時だってあるんだよなーって意味で。
どーしてブレーキがやっぱり必要な時だってあると思うのかとゆーと、以前の私はアクセルばかり踏んでいてやらかしてしまったことがあるからなんですけどね。
え?
経営で言うところのブレーキって何なのかって?
経営で言うところのブレーキにはいろいろとあるだろーし、その会社の経営者や従業員によってもいろんな考え方があるんだろーけど、私が感じるブレーキはとゆーと、労働法などの法律に関することでしょーか。
労働法に違反している状況で、ブレーキを踏むことなくアクセルばかり踏んでいたらどーなるのか?
当時の私は、そんなことなどこれっぽっちも考えずに、アクセルばかりひたすら踏み続けていたんです。
労働法違反だけじゃーありません。
コンプライアンス違反も、やらかしちゃっていたんです。
それなのに、当時の私は従業員の声に耳を傾けていなかったんです。
せっかく順風満帆なのに、ココでアクセルを踏まずにどーするよ!?としか感じられていませんでしたよ。
それどころか、アクセルを踏ませないようにブレーキばかりかけさせて、邪魔ばかりされているように感じてしまって、ブレーキばかりかけさせる従業員をリストラしてしまったぐらいでしたから。
その結果、まともな従業員からどんどん辞めて行ってしまったんです。
連鎖退職も招いてしまいましたし、現場もすっかり回らなくなってしまったんです。
当時の私は、
「会社の方針に納得できないヤツはさっさと辞めろ」
「代わりはいくらでもいる」
って、考えていたんでしょーね、きっと・・・
従業員のことを人間としてではなく、労働力としてしか見ていなかったんでしょーね。
これだけ人手不足が叫ばれている状況なのに、経営環境の変化に全く対応できていなかったんだなーと、つくづく感じますよ。
経営者のプライドもあったんでしょーけど。
過去の成功体験にとらわれていて、経営者のプライドが邪魔していたから、ブレーキを必死でかけようとする従業員の声ですら耳に入らなかったんだと思います。
だからこそ今は思うんです。
従業員が反対意見を言い出した時は、アクセルを踏むのではなくブレーキをかけるべきサインなんだって。
経営にアクセルが必要な時とブレーキが必要な時の違いって?
アクセルよりブレーキが必要な時があると感じている経営者Iさんの声
経営には、アクセルが必要になる時もあります。
でも、ブレーキが必要になる時だってやっぱりあるんだよなーって、つくづく感じるようになりましたよ。
どーしてこーゆー風に感じるようになったかってゆーと、後継社長の立場を経験したからなのかもしれません。
後継社長の立場で、創業社長の経営を見たからなのかもれません。
後継社長って感覚の半分は経営者だけど、残りの半分は従業員の視点で創業社長の経営を見てしまうからなのかもしれません。
悪いように言うと、従業員として働いていた頃の感覚が抜け切れていない。
だけど、良いように言うと、従業員の視点でその会社の経営を見ることができるんですよね。
ウチの会社の場合、先代社長が創業社長なんですけどね。
で、私は従業員として別の会社で働いていたんだけど、会社を継ぐように言われて、この会社に後継社長として入ったんです。
この会社に入った当初は、そりゃーもうビックリしましたよ。
良くも悪くも、従業員として働いていた頃の会社と比較して。
創業社長は無鉄砲で無計画で猪突猛進で、朝令暮改もしょっちゅうだったし上に、勘と経験と度胸(KKD)の経営の典型でしたし。
ブレーキを踏むどころか、常にアクセル踏みまくりのアクセル全開の経営もいいところだったし。
どーしてこんな風にアクセルばっか踏んでいたのか、自分自身が経営者になった今では、経営者の視点で見られるようになったからなのか、ほんの少し理解できるようになりましたけどね。
でも、当時の私は従業員の視点しかなかったからなのか、全く理解できなかったんです。
ブレーキを踏んで止まる時間がもったいなくてまるで生き急ぐかのように、常にアクセル全開で走り続けていた先代社長が。
アクセルばかり踏んで、急な事業拡大をやり続けていたら、どこかに必ず歪が生じて来るものですよね。
当時のウチの会社は、まさにこんな感じだったんです。
後継社長として入ったばかりの頃でも、おいおい・・・、大丈夫かぁ!?って、心配になりましたよ。
その後、先代社長が急逝して自分が社長になってから、あーんなこととかこーんなこととかが明るみになって、継いだことを後悔することもよくありましたし。
損益計算書(P/L)を見ても、キャッシュフロー計算書を見ても青くなっていましたし。
貸借対照表(B/S)を見たら、さらに青くなっていましたし。
自分の子供に会社を継がせるつもりなのであれば、事業を承継する前に、もう少しナントカして欲しかったと強く思いますよ。
せめて、後継社長としてこの会社に入ってしまう前に、選択肢をちゃんと提示して欲しかったですね。
だからこそ、思うんです。
たまにはブレーキを踏んで、周りをちゃんと見回してから、アクセルを踏んで欲しかったよなーって。
常にアクセルを踏みまくるのではなく。
アクセル全開で生き急ぐのでもなく。
ただ、こうも思うんですよ。
特に何代にも渡って経営している会社にとって、代替わりの時にこそ、一旦ブレーキを踏んで立ち止まって考えてみる時期と言えるのかも!?って。
経営にアクセルが必要な時とブレーキが必要な時の違いって?
(パート3)
うーむ・・・
どっ・・・、どーでしょう???
「そっ・・・、そーだったのかー! ガ━━(= ̄□ ̄=)━━ン!! 」
「だからかー!!だからだったのかー!! ヾ(.;.;゜Д゜)ノ 」
という方も、いらっしゃれば・・・
「だよなー、経営に関してもアクセルが必要な時ばっかじゃーないもんなー (|||▽ ) 」
「経営においても、ブレーキが必要な時ってやっぱあるもんなー (;゜∇゜) 」
という方も、いらっしゃれば・・・
「ってコトはだよー、社長が裸の王様になっている会社って、もしかするとアクセルばっか踏んでいてヤバイ兆候と言えるのかも・・・!? Σ( ̄ロ ̄lll) 」
「イエスマンが多い会社だと、だーれもブレーキをかけようとしないだろーから、さらにヤバイ兆候なのかも・・・!? ((((;゜Д゜)))」
という方も、いらっしゃれば・・・
「ウチの会社の場合だと、常にアクセルばかり踏んでいてブレーキを全然踏まないから、あーゆー状況に陥っちゃったってコトなのかも・・・!? \( ̄▽ ̄;)/ 」
「ブレーキを踏まずにアクセルばっか踏んで、崖に向かって組織全体が突進して行っているようなものだから、事業継続の危機に陥っちゃうのは当然だもんなー・・・ (´Д`lll)」
という方も、いらっしゃれば・・・
「そっかー、アクセルを踏むことは良いことで、ブレーキをかけることが良いことではないってとらえているから、ブレーキをかけずにアクセルばっか踏んでしまうのかも・・・!? ( ´△`;) 」
「ブレーキを踏むことによって、次のアクセルを踏む前の力をため込んでいるととらえられたら、ブレーキをたまには踏もうって気になれるのかも・・・!? ( ̄◇ ̄;) 」
という方も、いらっしゃれば・・・
「ウチの会社の経営に置き換えてブレーキが何なのか考えてみると、あーゆーのとかこーゆーのとかになるのかも・・・!? (´ε`;) 」
「で、ウチの会社の経営においてアクセルが何なのか考えてみると、あーゆーのとかこーゆーのとかにあたるってコトなのかも・・・!? p(´⌒`q) 」
という方も、いらっしゃれば・・・
「ってコトはだよ・・・、ウチの会社でアクセルが必要な時はこーゆー時でー、んでー、ブレーキが必要な時はこーゆー時でー・・・ ((φ( ̄Д ̄ ) 」
「ウチの会社の経営に必要なアクセルはこーゆーので、必要なブレーキはこーゆーコトだったのかも~ d(⌒ー⌒) 」
という方も、いらっしゃるんじゃーないでしょうか?
んでー・・・
盲点になっていたり灯台下暗しになっていたりすることも意外とある
かもしれないので・・・
上記を踏まえた上で例えばこんな視点からも、経営にアクセルが必要な時とブレーキが必要な時の違いなどについて考えてみるのはどーでしょう?
(⌒▽⌒)ノ
判断基準がないと、行動にブレーキがかかってしまう
■ 「夢をかなえる経営計画」
経営者が「わからない」と思っている会社の業績は1年経っても「わからないまま(業績が低迷している)」なのが現実です。
企業業績は、その源流である経営者の心構えで決まるのです。
経営者がよりビジュアルに、理念・方針・戦略・戦術を鮮明にしたとき、企業業績が向上しはじめるのです。
企業経営は一人ではできません。
社員や仕入先等の関係者が一つの方向を目指し、力を糾合して初めて成果が出てくるものです。
このため、経営者が思っていること(場合によっては潜在意識に念じていること)を形(文書化)にすることは非常に大切なことなのです。
経営者も創業当時は、「こんな仕事で社会に貢献したい」と考えていたはずです。
しかし、時の流れとともに、現実の「業務」に埋没し、その「存在意義」を忘れたとき、また、そのことが、社是・社訓として定められているのに単にお題目になってしまっているとき、企業は非常に危険な状態になります。
このような状態に陥っているとき、経営者は外部からの情報を「損得」で考えるようになります。
「損得」で判断するとたいてい失敗します。
「善悪」で判断しなれればならないのです。
判断基準がないから、外部の情報に振り回され、意思決定や経営方針が首尾一貫せず、行動にブレーキがかかり、無駄なエネルギーを空費することになってしまうのです。
ブレーキをかけるキーワードとアクセルを踏むキーワードの違いとは
■ 「現場の「知恵」が働く チームイノベーション」
「過去に」
「他社が」
「利益は?」
これらはいずれも知恵にブレーキをかけるキーワードだ。
しかも、必ずしも悪意で発せられるのではなく、「失敗するな」「無駄なことはやるな」という配慮にもとづくアドバイスとして発せられる場合が多い。
悪く働いてしまうと、何かアイデアが出てきても、「それは過去にやってダメだった」とか「他社がすでにやっている」などと自分の知識や情報をひけらかしてしまったり、「それをやって利益が出る見込みはあるのか」と問い質したりする。
いわれた瞬間に部下は「失敗しないようにしよう」「ムダなチャレンジはやめよう」と反射的に思考を切り替える。
本当はそこからアイデアを膨らませる余地があるかもしれないのに、「止められたからやめておこう」となってしまう。
少なくとも知恵を出そうという時には、「根拠は何か、大丈夫か」と詰め寄るのではなく、もっと発想が広がるような投げかけを心がけるべきだと思う。
そうすれば、アイデアの素に多少問題があったとしても、アイデア自体が潰れることはなく、それが芽を出して膨らんでいく可能性が残る。
利己的なホンネにブレーキをかけるとき、アクセルを踏み込むとき
■ 「「すみません」の国 」
相手の視点に立てるということは、自分の視点を絶対化せずに、ものごとを多面的に見ることができるということにつながる。
一面的にしかものごとを見られない人は、自分の見方を絶対的に正しいと信じ込む。
そうすると、意見の違う相手がいれば、その相手が間違っているとして、対決の姿勢をとることになる。
国家間の対立も、集団と集団あるいは個人と個人の対立も、こうした構図のもとに深刻化していくものといえる。
他者の視点を取り入れることで、利己的なホンネにブレーキをかけることができる。
理性のアクセルとブレーキとは
■ 「IT社会の護身術」
インターネットが匿名社会だと思っていたら大間違いである。
実名がわからないのは利用者同士であって、警察当局とプロバイダーには、お見通しとなっている。
周りには誰もいないと思って悪事を働いていたら、実は、警察官のほうが透明人間になっていてかたわらに立っていたというわけだ。
情報化社会で無知は危険である。
恥をかきたくなければ、インターネットが匿名だと勘違いして理性のブレーキを緩めないことだ。
インターネットは、不特定多数の集団が暴走する危険性をはらんだ危ういメディアでもある。
インターネットの銃口を個人に向けて、不特定多数が暴走する。
人間の生活を豊かにすることに貢献しないとしたら、ITは誰のための技術なのだろうか。
人を不幸にしているとしたら、ITには何の意味があるのだろうか。
もしも創造の神がいたならば、人類のブログにそんな批判を書き込みたくなっているはずだ。
営業活動は「アクセル」、コンプライアンスは「ブレーキ」
■ 自動車の運転に学ぶ「ビジネスリスク管理」の基本
ビジネスにおけるリスクは日常的に存在し、避けて通ることはできません。
よって、私たちが求められているのは、リスクを理解し管理することで、お客さまやその他のステークホルダーにとって適切な形で常にビジネスを行うことです。
日本で、よくコンプライアンスについて「車とのたとえ」を耳にします。
これは、企業活動におけるリスクとコンプライアンスの管理方法のモデルとなっています。
この考え方では、営業活動は車の「アクセル」とされ、その唯一の責務は商品等の販売、売り上げです。
コンプライアンス部門は「ブレーキ」とされ、リスクを監視し、間違いや不適切な販売の発生を防ぐことがその責務です。
この分業により、理論的には、リスクの管理が可能となり、「車」を安全に目的地まで運転すること、つまりお客さまとの信頼を構築し会社の評判を高めることができるということです。
しかし実際には、この方法で車が運転されることはありません。
アクセルやブレーキのみの操作では、車は事故を起こしてしまうか、目的地にはたどり着けないからです。
優良なドライバーは、アクセル・ブレーキ両方のペダルを巧みに使い分け、交通ルールを熟知し、道路状況に常に注意を払っています。
ビジネス上のリスク管理にも同じことが当てはまります。
目的地に行くためにハンドルやアクセル、ブレーキを駆使するのが開発
■ ブレーキはもう要らない
「まるで、ブレーキしかない自動車じゃァねェか」
開発部長がいいことを言います。
部長も、この役員とは何回もぶつかってるんで、ここぞとばかり、
「第一、100%成功する開発があるんなら、教えてもらおうじゃねェか、だろうよ、次郎さん」
「てやんでェ、ブレーキばっかり踏みやがって、あの役員のクルマ、ハンドルやアクセルはないんじゃねェか?」
クルマの例え、分かりやすいですナ。
確かに、開発や事業を遂行することは、自動車が動き回ることと似ています。
障害があったら回避するし、加速する時はアクセル。
危ない時はブレーキを踏んで減速する。
要は、新商品や新事業をつくるという目的地に行くためにハンドルやアクセル、ブレーキを駆使するのが開発です。
それなのに、くだんの役員はブレーキばかり。
ジッとしたままスタートができないなんて、いっそ、サイドブレーキだけにしますかナ。
部長と話すうち、
「次郎さんよ、あの役員も若いころはこんなじゃなかったよナァ」
「前向きだったし、一体、いつからこうなっちまったんだろう」
そうなんです、昔からこうじゃあなかったのに…。
「そうだ、管理部長になったころからじゃァねェか?」
部長に言われて思い出しました。
自動化が進み、大量生産でものづくりをするようになったころからでしょうか、ブレーキを踏む回数が増えたのは。
「そりゃそうだ。自動化すると、不良が出ると出っ放し」
「慎重になるっきゃないし、その経験を、そのまま引きずっているのかもしれねェ」
部長の分析、バッチリです。
無人になる夜間、いったん不良が出れば、朝には不良品の山が待っている。
くだんの役員は何回となく、そんな経験をしていたのです。
「でもよ、もう大量生産なんかしてないし、少ロットで回しているんだから、いいじゃァねェか」
「もう、ブレーキなんて要らねェよ。なあ、次郎さん」
確かに、ブレーキ踏むのも大切な仕事。
でも、今はスピードが大切。
しかも、経営環境がクルクル変わるんですから、ハンドルさばきも大切てェことですナ。
おっと、気が付いたらお局も。
どうやら、言いたいことがあるらしく、今日は気合が入っています。
「聞いてましたヨ、さっきの話。きっと、あの役員も辛いのよネ」
「ずっと、ブレーキしか踏んでないんだから、急にアクセルや、ましてやハンドル操作をしろって言われても、できないのヨ」
「染み付いちゃったのね、ブレーキ役が」
「弁護じゃないの、多いのよ、そんな人」
「これからはアクセルやハンドルさばきが勝負だって、アタマじゃ分かっていても、できない人が増えているのよネ」
飲むほどに酔うほどに、アタシたち、根っこは開発マン。
どうしたら、役員のクルマにハンドルとアクセルを付けられるか、という話になりました。
「こりゃあ、ネコの首に鈴を付けるより難しいゼ」
リストラクチャリングの進行にブレーキをかけないようにするべき
■ 「日本の競争戦略」
内需型の国内産業において競争を制限したり、リストラクチャリングの進行にブレーキをかけないようにするべきである。
政府は内需型の産業の改善が、国の長期的な競争力の獲得のためには不可欠であるという事実を受け入れなければならない。
また、政府は、金融市場を管理することや、企業に対するコーポレート・ガバナンス制度として機能することをやめなくてはならない。
むしろ、政府は、情報開示や証券取引に関する規制を厳重にすることによって、民間企業自らの手による有効なコーポレート・ガバナンス制度の確立を支援するべきである。
日本政府は、経済構造のあらゆるレベルで管理しようとすることをやめて、地方の市民や指導者に今以上の責任や権限を委譲すべきである。
常にブレーキに足をかけ、アクセルを全開にせずに運転するときとは
■ 「未来の働き方を考えよう」
自分のやりたいことに迷いのない人、徹底的にしがらみのない人には、人生の有限感を意識している人が多いです。
逆説的な言い方だけれど、彼らはくだらない不安をもちません。
普通の人はいろんなことが不安で、人生にやたらと保険をかけます。
思い切った決断ができません。
常にブレーキに足をかけ、アクセルを全開にせずに人生を運転します。
進みたい道があっても、よくわからない道、地図に載っていない道には足を踏み入れない。
「危ないかもしれない」からです。
普通の人がそういう不安に怯えるのは、本当の不安を知らないからでしょう。
本当の不安とは、人生が終わるという瞬間が、明日にもやってくるかもしれない、ということです。
それに比べれば、その他の不安など質的に全く及ばないところにあります。
だから、死の意識や人生の有限感をもつ人は、それ以外の細かい不安に怯えません。
最も大事なのは何なのかが、わかってくるからです。
生き死にだけではありません。
たとえ死ななくても、人は確実に年を取ります。
今は健康に自信のある人でも、年を取るということを甘く見ないほうがいいということです。
健康上の問題で飛行機に乗ることができなくなったり、食事制限のためにツアーに参加できなくなったり、足が悪くなって、階段の多い広大な遺跡には行けなくなるかもしれません。
大病をしていなくても、歯が悪くなって食べられるものに制限が出てきたり、目が悪くなって長時間の読書やパソコン作業が辛くなるかもしれないのです。
だから絶対やりたいことは、「いつか」ではなく「今」やっておくべきなのです。
やりたいことを後回しにしないこと、自分にとって本当に大事だと思えることを優先することは、経済的な備えを少しばかり積み増すことよりも、よほど重要なのです。
人生はいつまで続くかわからない。
経営にアクセルが必要な時とブレーキが必要な時の違いって?
(パート4)
んでもって・・・
上記を踏まえた上で例えばこんな視点からも、経営にアクセルが必要な時とブレーキが必要な時の違いなどについて、念のために一応考えてみるのはどーでしょう?
(。・ω・。)ノ
アクセルとは?
○ Weblio辞書
自動車などの加速装置。
このペダルを踏むと、キャブレター(気化器)の絞り弁が開き、エンジンの回転数が増す。
アクセルペダル。
加速ペダル。
「accel」は、英語のスラングであり、”accelerate”の短縮形である。
“accelerate”は「加速する」や「促進する」という意味を持つため、「accel」も同様の意味を持つ。
具体的には、物理的な速度の増加を指す場合や、プロジェクトや計画の進行を速めるという抽象的な意味で使われる。
ブレーキとは?
○ Weblio辞書
機械の運動を停止させたり減速させたりする装置。
制動機。
移動する物体の減速、あるいは停止を行う装置である。
これらの動作を制動と呼ぶため、制動装置ともいわれる。
走っている車両を停止させるための制動装置のこと。
当然、コレがないとコントロールすることはできない。
事物の進行・進展などを妨げるもの。
歯止め。
原義から転じて、変化を抑制する意味の単語としても用いられる。
経営にアクセルが必要な時とブレーキが必要な時の違いって?
(パート5)
うーむ・・・
どっ・・・、どーでしょう???
他にも、例えば・・・





などなども含めると、いろんな意味で考えさせられちゃいません? (^^)
ふーむ・・・、こーやって考えてみると・・・
まだ見えていないだけで・・・
意外なところにヒントがいっぱい溢れている
おお~っ ━━━━ヽ(゜Д゜)ノ━━━━ 見っけ~♪
のかも~???
なーんて、感じません?
(〃▽〃)
どっ・・・、どうでしょう???
皆さまは、どう思われますか?






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