「孤独感、疎外感、孤立等を感じる組織って、どんな組織なんだろ~? (ーー;) 」
「孤独感、疎外感、孤立等を感じる組織と感じない組織の違いって何だろ~?どんな組織だったら、孤独感、疎外感、孤立等を感じないんだろ~? ( ̄∧ ̄ ) 」
「組織の中で仕事をしているのに、なーんか孤独感や疎外感を感じる時があるんですよね・・・、孤立しているようにも・・・、何でなんだろ~? o( ̄_ ̄|||)o— 」
「人がいっぱいいる職場にいるのに孤独感って!?組織の中で仕事をしているのに!?平社員のくせに!?って思われちゃうだろーから誰にも言えないし、社内では明るく振舞うようにしているんですけど、実は内心、結構悩んでいるんです・・・ (っ´;ω;’c) 」
「平社員の時は孤独って感じたことがなかったんだけど、管理職になってから孤独を感じるようになった気がするんです・・・ ( TДT) 」
「管理職になってから疎外感を感じるようになったんですよ・・・、人間関係が悪いわけじゃないのに、なーんか孤立しているようにも感じていますし・・・ (´;ω;`) 」
「経営者って、ホントに孤独ですよね・・・ (;´д⊂) 」
「経営者ならではの孤独ってゆーか、孤独感ってゆーか・・・、社長であるが故にそーゆーのを感じることってやっぱありますよね・・・ (・・、) 」
などなど・・・
「経営者の立場の方の声をお聴きする傾聴」、「組織人事戦略(戦略的な組織づくり)」、「組織力の強化や向上」、「経営に役立つ情報活用(IT活用・ICT活用)」などのお手伝いを行なっているからなのか・・・
「爆発・炎上・崩壊組織」で消防のお手伝いを行なうこともあるからなのか・・・
このように、とってもとっても切実な声をお聞きすることもあるんですが・・・
(;´・ω・`)
コレって、もしかしたら・・・
などなどにも、ある意味関係するっちゃーする面もあるのかも~???
なーんて感じることもあるので・・・
( ̄  ̄;)
そもそもの話、孤独感って、何なんだろーか?
疎外感って、何なんだろーか?
孤立って、何なんだろーか?
孤独感、疎外感、孤立などって、誰かと一緒にいれば感じないものなんだろーか?
孤独感、疎外感、孤立などって、誰かと一緒にいても感じるものなんだろーか?
孤独感、疎外感、孤立などって、どんな組織だったら感じるんだろーか?
孤独感、疎外感、孤立などって、どんな組織だったら感じないんだろーか?
などなども含めて、一緒に考えてみません? (^^)
あ、モチロン、「自律的に」という意味で。
ちょっと興味あるかも~?
って言ってくださる方は、お付き合いいただけると嬉しいです。
(^^)/
孤独感、疎外感、孤立等を感じる組織と感じない組織の違いって?
(パート1)
んーと・・・
まずは、例えばこんなのから考えてみるのはどーでしょう?
( っ・ω・)っ
自殺に結びつきやすいのは、孤独な状態で行き詰っているから
■ 「借金なんかで死ぬな!」
自営業という立場は過酷です。
大企業の社長の場合、責任の範囲がはっきりしていますので、会社を経営破綻に導いても基本的には社長をクビになる程度で済みますが、自営業者の場合、事業資金の借入を社長個人が連帯保証している場合がほとんどであり、中には奥さんの実家を担保提供していたり、個人名義のカードローンで資金繰りしていることも少なくないので、倒産すれば債権者から個人資産の処分まで求められるのが当たり前です。
事実上の無限責任ですね。
このため、自営業者にとっては「事業に失敗すること」は「ほぼ全ての資産を失うこと」とイコールなのです。
借金苦で自殺や夜逃げをする人は、サラリーマンよりも自営業者のほうが割合としてはるかに多いように見受けられます。
最も自殺に結びつきやすいのは、負債総額にして500万円から5億円まで、平均して1億円以下の人が最も危険ではないかと感じています。
このあたりの層が最も「個人」と「会社」の区別をつけにくく、かつ、頑張って返そうと思えば返せてしまうので(それこそ生命保険までもアテにして)無理してしまいがちであり、かつ、情報源にも恵まれず、孤独な状態で行き詰っているからだと思われます。
過酷な自営業といえども、倒産回避の方法は数多くあります。
どんな末期症状でも、解決の道筋は最低でも2、3通りはあるものです。
たとえ限りなく倒産状態に近くても、それは「状態」にすぎません。
「倒産状態」と「倒産手続き」はイコールではないのです。
選ぶのはあなたの自由です。
諦めず挑戦してもいい。
あるいは何をやってもダメだと悟って「勇気ある撤退」を決断してもいい。
撤退を決意するには人一倍勇気がいります。
失うものも大きいでしょう。
でも、何度でもやり直しはできます。
たとえば自己破産しても会社の役員になれます。
新たに会社を興すこともできます。
金融機関の信用はしばらく失いますが、それも永遠にではありません。
再就職だってできます。
方向転換はいつでもできます。
リセットもできます。
どちらを選んでも、生きていけます。
孤立化の落とし穴
■ 「なぜ危機に気づけなかったのか」
孤立化の落とし穴に遭遇するのは経営上層部だけではない。
あらゆるレベルのリーダーが、ときとして組織を脅かしている問題を実際によく知っている人たちから孤立している自分に気づく。
問題を見つけたいなら、孤立化の落とし穴に気をつけ、それを避けなければならない。
そんな状態から抜け出し、心を開いて問題に耳を傾け、問題を観察し、問題を学ばなければならない。
問題を知らなければ、優れた意思決定も厄介な問題を解決することもできないことを認識しなければならない。
孤独は他人からの認知や賞賛を強く求めることになりがち
■ 「職場いじめ ― あなたの上司はなぜキレる」
賞賛は、孤独感を癒す効果をもたらす。
権限を持ち、地位が高くなればなるほど、周囲はその権限や立場にひれ伏すことになる。
そしてそのことは、畏怖を周囲に抱かせ、周囲との距離をつくることになりがちである。
自分が他人より偉い、周囲は自分を尊敬すべきだ、自分は敬意を払われるべきだ、みんなと自分は違うと思えば思うほど、みんなとの距離が生まれる。
そして、そのことは裏返しにすれば、周囲との距離であり、その距離によって孤独感を強めていく。
こうした立場にある人は、孤独であるだけに他人からの認知や賞賛を強く求めることになりがちである。
自分一人の頑張りでこなしていくしか術のない、孤立した状態
■ 「現場の「知恵」が働く チームイノベーション」
現実の現場は息も絶えだえの状態だ。
彼らの大半は、いつも仕事の山と向かい合い、それを処理することに追われている状態だ。
管理者はつねに数値責任をもっていて、生産性向上のためのコスト削減やリソース調整に追われている。
その一方で、業務量が増えるにつれて、これをこなすための人の育成が課題になる、というジレンマを抱えている。
彼らは彼らで、管理職の役割として職場の人材育成は大事だと認識しつつも、昔みたいに”かかりきり”で部下の面倒をみるのは物理的に不可能だ。
そんな現実を前にして、「もっと自律的に、一人ひとりが自分で考えて、職場のみんなで協力し合って仕事をしてほしい」と部下たちに望んでいる。
いくら上司が「提案が少ない」「もっと考えてほしい」と願っても、実際のところ部下のほうにも考えるための時間的・物理的な余裕がないのである。
当然、精神的な余裕もない。
深刻だと思うのは、「この仕事に達成感なんてない」と淡々と告白する中堅・若手がかなりいることだ。
そういう人たちの話を詳しく聞くと、無力感の漂う心の情景が浮かんでくる。
この感覚は、ものづくりの醍醐味とはほど遠い。
しかも、今の仕事のなかには創意工夫の出番はないと、あきらめてしまっているのである。
それぞれが抱えているものを自分一人の頑張りでこなしていくしか術のない、孤立した状態になっている。
組織や職場の人が分断されてバラバラなのである。
もっとも大きな問題は、上司の側も部下の側も忙しさに追われて「人とつながっていない」ことだろう。
困っても相談する相手がいない。
協力し合える関係がつくられていない。
「人」は、自らの意欲や関心を原動力にして人とつながり、そこに生まれる機会や流れのなかで、新しい知恵を生み出していく。
このような目には見えない「知恵」と「つながり」という伸びしろによって、組織は可能性を拡げながらさまざまな課題を解決していく。
その生きているはずの「人」が、萎縮して塩漬けになっているのである。
そういう知恵の生まれにくい環境をよく理解していないと、「うちの社員はいわれたことしかやらない」「自分で考えて仕事ができない」と外部から人を採って戦力強化をする、「生産性が低い」と管理ツールを導入する、といった矢継ぎ早に繰り出す目先の打ち手が逆効果になってしまうことがある。
そのことが、さらに社員の気持ちを冷え込ませてしまうことにもなりかねない。
日本企業では社員がそれぞれ孤立し、閉塞感にあえいでいる
■ 「なぜ社員はやる気をなくしているのか」
現在の日本企業の多くでは、社員がそれぞれ孤立し、閉塞感にあえいでいる。
お互いに不信感を持っていることもあるし、足の引っ張り合いもある。
「このままではいけない」と重いながらも、その悩みや問題意識は一人ひとりの胸の中に収められたままだ。
「言い出しっぺになると損をする」という恐怖感があるからだ。
しかし本当に、組織の中には、支援してくれる人など誰もいないものなのか。
問題意識を共有できる人、共感し合える人など存在しないものなのだろうか。
組織の中に、共感し合える人は必ずいる。
そして、条件さえ整えば、お互いに支援し合うことができる。
会社をなんとか変えなくてはならないのでは、と日々考えている人。
そこまで本気でなくとも、可能性や機会さえあればなんとかしたいと思っている人。
少なくとも現状にモヤモヤを感じている人。
「場」さえあれば、何かを語り合いたいと思っている人。
潜在している数も含めれば、どの組織にも実は少なくないのである。
要は、どうすればそうした人々が顕在化でき、ネットワークできるのか、がいちばんの課題なのである。
やり方さえ間違えなければ、このような人々を力強い味方にすることができるのだ。
孤独な状況になって、閉じこもってしまうと起こりがちなこと
■ 「潰れない生き方」
周囲の人と明らかな確執が生じているわけではないのですが、どうも社内の雰囲気とかみ合わず、人と仲良くなることをやめてしまい、気づくと独りぼっちになっていた。
そんな「社内引きこもり」状態になる人もいます。
多くの場合は、仕事への自信のなさからきます。
自分は成果を出していない、大きな失敗をしてしまった、仕事のスピードが遅い、要領が悪い、知恵が出てこない、柔軟性がない・・・
あいつはできないやつだ、ダメなやつだと思われているのではないか。
ちょっとしたきっかけで、自分は仕事ができない、周りもそう思っているかもしれないと思い始めると、その思考にとらわれてしまいます。
だから、周りにそう思われたくなくて、目立たないように、目の前の仕事だけをきちんとやり続けよう、自分には難しいと思うことからは逃げよう。
そんな心理が働いてしまうのです。
それ以外にも、私生活も含めて、自分を認めてくれる人がいない、自分を本当に見てくれる人がいない、自分を本気で好きだと思ってくれる人がいないという気持ちが、周囲に自分から働きかける勇気を奪い、傷つかないようにじっと待っているだけの人を増やしているのかもしれません。
引きこもってしまった人は、
「もはや自分を理解してもらう必要性はない」
「人と真剣に話すよりは独りの世界に閉じこもっていたほうがラクだ」
と思い込もうとします。
孤独な状況になって、閉じこもってしまうと、「もう誰も見ていないから好き勝手でいいや」と思ってしまうのが最悪のパターンです。
理性がきかず、自分を見捨ててしまった状態です。
これが行きすぎると、たとえば経費を使い込んでしまうなどの不正行為に走ってしまうこともあります。
よくよく考えてみると、自分のことを本当に深く理解できる人なんて、現実にはそうはいないものです。
なぜなら、本当の自分がどういう人間かなんて、自分でも良くわかっていないものなのですから・・・
悩んだときは、自分とは違う世界の人と話すのが効果的です。
より中には、必ず自分の悩みを理解できる人、同じように悩んでいる人がいるもの。
たとえば、警備員さんや掃除のおばさんと仲良くなる。
自分からちょっと挨拶する、そんなところから始めてみてはどうでしょうか。
「自分は理解されなくてもいいんだ」と見切ってしまうのは、本当にもったいないことです。
不幸せに感じているとき、私たちは孤独に陥りやすい
■ 「ワーク・シフト」
不幸せに感じているとき、私たちは孤独に陥りやすい。
信頼と同様、幸福はあいまいで多義的な言葉だ。
興味深いのは、幸福と経済発展の関係が単純な比例関係にないことだ。
豊かになると、豊かであることを当たり前と感じるようになり、いくら所得が増えても満足感を味わえなくなるのだ。
世界で人々の孤独を深める要因の一つは、不信感の高まりだ。
私たちは概して、ほかの人たちやコミュニティを信頼していれば、他人と関わり合おうとするが、信頼していなければ、あまり他人と関わろうとしない。
人と人が協力し合うためには、信頼が欠かせない。
この点で、コミュニティや組織にとって信頼はきわめて価値のある資源と言えるだろう。
私たちは、誰を、あるいはなにを信頼するかという決断を日々くだしている。
ほかの人や組織を信頼できれば、私たちは不確実な状態を抜け出せる。
不平を言うのは、ストレスによって孤独感や疎外感を感じているから
■ 不平を言うのは、ストレスによって孤独感や疎外感を感じているから
人は不平や愚痴をこぼし、陰口をたたき、不機嫌になる。
そうした言動はすぐに周囲に伝染するので、不平や噂、不機嫌な態度が人々の間に広がっていく。
やがて人々は、誰が1番ストレスを抱えているか、誰が1番多くの仕事量にあえいでいるのか、誰の上司が最も理不尽かを競い始める。
このことが、皆のストレスをますます高める。
人が不平を言うのは、ストレスによって孤独感や疎外感を感じているからだ。
噂話をすることで、他の噂好きたちと仲間意識を共有する。
上司に対して腹を立てることで、同僚たちと足並みをそろえ一体感を保つのだ。
しかし不平や噂話は、それをやっている間は心地よいのだが、その直後にとても不快になるのだ。
不平は同僚たちの間に不信感を育み、職場に悲観的な空気を蔓延させる。
時間の無駄になり、孤立感を高める。
男性が引きこもり、孤立することが多い理由
■ 女性と異なる男性のうつ
男性は、気分が落ち込んでいると訴えたり、うつの治療を求めたりする傾向が女性よりかなり弱い。
女性はうつを内的なものと考え、無価値感や自責の念など、感情的な症状に目を向けることが多い。
対照的に、男性はそれを外的なものと考え、身体的な症状に目を向けがちだ。
男性は概して、泣いたり、寂しさを口にしたりしない。
その代わりに、何も感じない、眠れない、ストレスを感じる、気力がないなどと訴える。
そして、イライラして、怒りっぽくなる人も少なくない。
自分の感情をよく把握できない男性もいる。
だが、もっと大きな問題は、男性がそれについて話せないよう条件付けられていることにあることだ。
男性は自分の感情をコントロールすべきで、うつは弱さの兆候だと受け取られかねないという感覚がある。
つまり、男性は自分で自分の問題を解決することが期待されているのだという。
こうした感覚が男性のうつ病をより深刻にしかねない。
女性にとって、うつは助けを得るべきサインで、根本的に何かを是正する必要があることを示すサインだ。
男性にとっては、自分が落伍者であり、負けを認めたことを示すサインだ。
この敗北感こそが、うつの男性が引きこもり、孤立することが多い理由だ。
男性は「うつ」という言葉に対して身構える可能性があり、「男らしい」とされる人ほど、この言葉への抵抗感が強い。
一度無業状態になると、一気に孤立してしまう
■ なぜ、「働けない若者」が増えたのか
自己責任の文脈で医療、介護、年金、生活保護、労働政策等々が語られる。
甘えないでください、頼らないでください。
経済的にも不安な世の中である。
不安だと人は余裕をなくす。
人のことまで構っていられない。
ですから皆さん自己責任でお願いします。
というスパイラルだ。
社会のセーフティーネットは高度経済成長時代のままで、支援は主に高齢者に振り向けられている。
右肩上がりで成長することが見込まれている時代においては、若いうちの貧困も「明日はおのずと解決するもの」であり、ならば若いうちに苦労しておくのはよい経験とも言え、美徳ですらあると思われていた。
だが、こうした前提はとっくに崩れている。
「どんな仕事でもいいではないか、文句を言わずに働け」というが、キャリアを積んでいく機会を奪われたものたちが、意欲を維持するのは大変につらいことだろう。
それでも、と頑張って頑張って、ついに心や体を壊してしまうこともある。
しかも一度無業状態になると人間関係や社会関係資本も途切れてしまい、一気に孤立してしまうのだ。
こうして履歴書に空白が出来ると、さらに厳しい状態に陥る。
これを「自己責任」で片付けても、現実には自助努力のみで抜け出すことはなかなか出来ない。
若者の雇用を取り巻くシステムの問題と、経済成長が以前のようには見込めないという社会背景は、個人のみの力ではね返せるものではない。
かくも多く無業者になってしまう状況は、彼ら自身のみならず、社会全体の大きな影響があるのは自明だろう。
「人生のボタンの掛け違い」は誰の身にも起こりうることにもかかわらず、やり直すチャンスが極端に少ないことが問題なのだ。
孤独になることのリスク
■ 個人主義は孤立主義ではない
個人主義の文化では、「個人個人は異なっている」という考え方を前提としている。
その上で協力し合える関係をつくることが重要だという価値観を持っている。
かつての日本企業は、その組織力の強さが世界の注目を集めていた。
欧米の研究者には、組織力は一人ひとりの自発的な協力と組織への忠誠からつくられているように見えた。
だが実際には、もっと「しがらみ」だらけの窮屈な社会であったことは、日本人である私たち自身が知っている。
私たちは、そのようなしがらみでがんじがらめになった会社組織に嫌気がさしていた。
現在の「集団嫌い、組織嫌い」の日本人は「孤立主義」だ。
他者と関わること自体が面倒だと思い、協力するつもりにもならない。
集団のしがらみから自由になることだけが目標で、孤独になることのリスクをあまり考えないやり方である。
個人主義は孤立主義ではない。
「孤立」と「孤独」は違う
■ 「孤立」と「孤独」は違う
「孤立」と「孤独」は違う。
1人でいる時間というのも、すごく大事ですよ。
何かを考える時間は1人で考えるでしょ。
でも「孤立」は違います。
孤立とは、「孤独でいることを奪われる状態」、これが孤立じゃないかと思います。
「孤立」はモノを考えたりするどころではないんです。
孤立は怖い
■ アイヒマン
最後のナチス高官として悪鬼のように語られてきたアイヒマンが法廷に登場すると同時に、テレビを観ていた全世界の人々は息を飲んだ。
その外見が、あまりに普通であったからだ。
中間管理職そのままの雰囲気で被告席に立ったアイヒマンは、ホロコーストにおける自分の責任を問われるたび、「私は指示に従っただけだ」とくりかえすばかりだった。
やがて人々は気づく。
邪悪で狂暴だから殺したのではない。
普通の人間だからこそ、人は人を大量に殺すことがあるのだと。
人は群れる生きものだ。
一人では生きてゆけない。
様々な集団に帰属する。
不安や恐怖が高まるほど、群れは動きが統率される。
同じ動きをするようになる。
要するに同調圧力が強くなる。
同調圧力が強まれば強まるほど、人は指示や命令を求める。
なければ不安になる。
だから無自覚に作りだす。
これが組織内における忖度だ。
こうしてアイヒマンが誕生する。
それは決して特異な現象ではない。
群れる本能を保持してしまった人類は、誰もがアイヒマンになる可能性を持っている。
群れが走り出したとき、なぜ走るのかと声をあげることは難しい。
全体から遅れることは群れから脱落することを意味する。
さらに、もしも声をあげればその瞬間に、群れの中の異物になってしまう。
こうして群れは暴走する。
人は周囲に併せて走り続ける。
全体が右に曲がれば自分も曲がる。
左に曲がれば自分も曲がる。
目的や意味は考えない。
考えていたら取り残される。
こうして群れは徐々に加速する。
内心では「何かがおかしい」とか「誰かが嘘をついている」などと思っていても、群れの中にいるかぎりは声をあげることが難しい。
孤立は怖い。
一人にはなりたくない。
やがて群れは暴走する。
大きな過ちを犯す。
それから人々は言う。
いったい誰が悪いんだ。
でもよくわからない。
だから責任の所在が曖昧になる。
組織はさらに暴走する。
あるいは停滞する。
目を逸らす。
不正義がまかり通る。
弱いものが責任を押しつけられる。
真相を隠したい人たちは胸を撫で下ろす。
今の群れからは孤立するかもしれない。
でも発言すれば、きっと賛同者が現れる。
決して一人にはならない。
顔を上げよう。
声を出そう。
胸を張って内なるアイヒマンを否定してほしい。
もしもこのまま口を噤むのなら、きっと一生後悔する。
人がやらないことをする孤独感、人と違うと言われる疎外感
■ 人と違うことをやろう!
30人が「ビール!」と同じものを頼むときに、あなた一人だけ「赤ワイン」と言い切る自信がありますか?
もし大丈夫! と言い切れるなら、あなたは差別化ができる方です。
でも、多くの人がそれができないのです。
たったこれだけのことでさえ、「怖い」のです。
「勇気」が必要になるのです。
「えっ、俺だけ仲間はずれかよ……。一緒にしてよ」なんて言って、同じでありたがるのです。
人と違うことをするという行為は、ある意味簡単なのです。
しかし、人がやらないことをする孤独感、人と違うと言われる疎外感がいやなのです。
孤独感、疎外感、孤立等を感じる組織と感じない組織の違いって?
(パート2)
で・・・
こんなのからも念のために考えてみるのはどーでしょう?
(。・ω・。)ノ
孤独とは?
○ goo辞書
仲間や身寄りがなく、ひとりぼっちであること。
○ ウィキペディア
孤独とは、他の人々との接触・関係・連絡がない状態を一般に指す。
これは何も深山幽谷にたった一人でいる場合だけではなく、大勢の人々の中にいてなお、自分がたった一人であり、誰からも受け容れられない・理解されていないと感じているならば、それは孤独である。
この主観的な状況においては、たとえ他人がその人物と交流があると思っていても、当人がそれを感じ得なければ、孤独といえる。
孤独には、それに近しい・もしくは含まれる概念が多数存在する。
- 他人から強いられた場合には「隔離」
- 社会的に周囲から避けられているのであれば「疎外」
- 単に一人になっているのであれば「孤立」
という言い方もする。
一人でいて、それがただ寂しい(他人との交流を求めているのに、その欲求が満たされない状態)という場合もある。
社会や文化によっては孤独は「良くない状態」として見られることがあり、こと日本では孤独を社会から孤立していることと同義に扱われる傾向が根強い。
こういった文化の強い地域では、孤独と見られる状態にある者には、積極的に他者が働き掛けることこそが美徳とされる。
ただ、孤独は必ずしもデメリットばかりとは言えず、むしろ望んで「孤独を楽しむ」という文化性を発揮する者達すらいる。
人間の精神性において、孤独は必ずしもネガティブなものという訳ではない。
孤独状態において人間は自分の存在などについて考えることを強いられ、その結果、創造性、想像力などにつながると多くの哲人は結論付けた。
一概に孤独とはいっても、その各々には多くの状態や種類があることを考慮すべき側面も存在する。
暗く沈んだ気持ちにある者に励ましを入れたがる傾向を持つ者もいるが、こういった精神状態において励ましにより状態が改善されず、むしろストレスとなるおそれがある。
孤独感とは?
○ コトバンク
自分はひとりぼっちだという感覚。
心の通じ合う人がなく寂しいという気持ち。
孤立とは?
○ コトバンク
- 一つまたは一人だけ他から離れて、つながりや助けのないこと
- 対立するものがないこと
○ Weblio辞書
- 他から離れて一つだけ立っていること
- 仲間がなく、一つだけで存在すること
- 対立・対応するものがないこと
孤立無援とは?
○ コトバンク
頼るものがなく、ひとりぼっちで助けのないさま。
○ goo辞書
仲間もなく、助けてくれる者がいないこと。
疎外感とは?
○ Weblio辞書
疎まれ、排除されているという感覚。
特に自分について言う。
孤独感、疎外感、孤立等を感じる組織と感じない組織の違いって?
(パート3)
うーむ・・・
どっ・・・、どーでしょう???
「そっ・・・、そーだったのかー! ガ━━(= ̄□ ̄=)━━ン!! 」
「だからかー!!だからだったのかー!! ヾ(.;.;゜Д゜)ノ 」
という方も、いらっしゃれば・・・
「ナルホド・・・、ちょっぴりわかった気がするかも・・・ ヽ(´ー`)ノ 」
「あ、なーんだー、そーだったんだ~ (〃▽〃) 」
という方も、いらっしゃれば・・・
「わかったよーなわからんよーな・・・ ( ̄д ̄;) 」
「やっぱ、頭がウニ状態じゃー!よくわからーん! \(  ̄曲 ̄)/ 」
という方も、いらっしゃるんじゃーないでしょうか?
他にも、例えば・・・
などなども含めると、いろんな意味で考えさせられちゃいません? (^^)
ふーむ・・・、こーやって考えてみると・・・
まだ見えていないだけで・・・
意外なところにヒントがいっぱい溢れている
おお~っ ━━━━ヽ(゜Д゜)ノ━━━━ 見っけ~♪
のかも~???
なーんて、感じません?
(〃▽〃)
どっ・・・、どうでしょう???
皆さまは、どう思われますか?
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