「内発的動機づけと外発的動機づけの意味って何だろ~? (´・ω・`) 」
「内発的動機づけと外発的動機づけの違いって何だろ~? (´ε`;) 」
「内発的動機づけの向き不向きと、外発的動機づけの向き不向きって、何を基準にどう判断したらいいんだろ~? ( ̄▽ ̄;) 」
「動機づけの種類には内発的動機づけと外発的動機づけがあるみたいだけど、会社の状況がどうだったら内発的動機づけの方が向いていて、外発的動機づけの方が向いているんだろ~? (;´д`) 」
「会社の状況がどーのって言うより、それぞれの従業員の状況によって、内発的動機づけの向き不向きと外発的動機づけの向き不向きって違うのかな~? ( ゜Д゜) 」
「だとしたら、どんな従業員だったら内発的動機づけ向きで、どんな従業員だったら外発的動機づけ向きなんだろ~? (;゜∇゜) 」
「内発的動機づけのメリットとデメリットって何だろ~? ( ̄○ ̄;) 」
「外発的動機づけのメリットとデメリットって何だろ~? (ーー;) 」
「内発的動機づけも外発的動機づけも、どちらも必要な気がするんだけど、だとしたら内発的動機づけと外発的動機づけをどう組み合わせたら、従業員のモチベーションが上がるんだろ~?内発的動機づけと外発的動機づけのいいところどりってできないものなのかな~? (; ̄ェ ̄)」
「内発的動機づけと外発的動機づけを組み合わせることによって、従業員のモチベーションが上がるどころかむしろ下がっちゃって、逆効果になっちゃう時ってどんな時なんだろ~? (|||▽ ) 」
などなど、このような疑問の声をお聞きすることもあるんですが・・・
( ´・ω・`)
「経営理念・ビジョン・経営計画等の作成」、「組織人事戦略(戦略的な組織づくり)」、「組織力の強化や向上」、「自律型人材育成」などのお手伝いを行なっているからなのか・・・
「爆発・炎上・崩壊組織」で消防のお手伝いを行なうこともあるからなのか・・・
こーゆー疑問って意外と大事
なんじゃーないかな~???
(`・ω・´)
なーんて感じることもあるのと、それにコレってもしかしたら・・・





などなどにも、ある意味関係するっちゃーする面もあるのかも~???
なーんて感じるコトもあるので、一緒に考えてみません? (^^)
あ、モチロン、「自律的に」という意味で。
ちょっと興味あるかも~?
って言ってくださる方は、お付き合いいただけると嬉しいです。
(^^)/
内発的動機づけと外発的動機づけの意味や違い、向き不向きとは?
(パート1)
んーと、もしかしたら・・・



なんかにもある意味関係するかもしれないので・・・
例えばこんなのから、まずは考えてみるのはどーでしょう?
(。・ω・)b
動機づけの種類とは?:外発的動機づけと内発的動機づけ
動機づけには、意識的動機づけと無意識的動機づけのように、いろんな考え方があって、種類や分類もあるんっすけど・・・・
例えば以下のように、動機づけを外発的動機づけと内発的動機づけって考え方に分類するって考え方もあるっす~。
(  ̄∇ ̄)ノ

内発的動機づけと外発的動機づけの意味や違いとは?
外発的動機づけの意味とは?
外発的動機づけとは、外部から働きかけによって行動を起こす動機づけのことを言うっす。

内発的動機づけの意味とは?
それに対して、内発的動機づけとは、その人自身の内側から生み出される動機づけのことを言うっす。

内発的動機づけと外発的動機づけの意味や違い、向き不向きとは?
(パート2)
ってなワケで・・・
まずは外発的動機づけについて、もうちょいカキカキするっすねんっ。
(`・ω・´)
外発的動機づけとは、外部から働きかけによって行動を起こす動機づけ
外発的動機づけとは、外部から働きかけによって行動を起こす動機づけのことを言うっす。
外発的動機づけの「外部から働きかけによって行動を起こす動機づけ」ってのを、ざっくりばっくり言うと、例えばこーんな風に「人参をぶら下げる」とか・・・

「アメとムチ」とかを思い浮かべると、イメージしやすくなるんじゃーないでしょーか?
(=⌒▽⌒=)

外発的動機づけで言うところの「アメ」による働きかけとは?
外発的動機づけの「外部から働きかけによって行動を起こす動機づけ」のうち、「アメ」による働きかけってのは、例えばこーんなのがあるっすよんっ。

つまり・・・
外発的動機づけとして、従業員のモチベーションの向上に働きかけるのであれば、例えばこーゆーのが考えられるんじゃーないでしょーか?
(⌒▽⌒)ノ
外発的動機づけ:金銭的な働きかけによる「アメ」
- カネ:例えば給与とかボーナスとか
外発的動機づけ:精神的な働きかけによる「アメ」
- 地位:例えば昇進とか昇格とか
- 名声:例えば人事評価がめっちゃいいとか、褒められるとか
- 感謝:例えば顧客に感謝されるとか、上司に感謝されるとか
外発的動機づけで言うところの「ムチ」による働きかけとは?
んでー・・・
外発的動機づけの「外部から働きかけによって行動を起こす動機づけ」のうち、「ムチ」による働きかけってのは、例えばこーんなのが考えられるんじゃーないでしょーか?

つまり・・・
以下のような「ムチ」を避けたいがために、従業員が嫌々ながらも行動を起こす動機づけになる場合があるってコトっすよね~。
(;´・ω・`)
外発的動機づけ:「ムチ」による働きかけ
- 減給:例えば、給料を下げられたくないから行動しよっかなーとか
- 降格:例えば、せっかくの役職をはく奪されるのがイヤだから行動しよっかなーとか
- 罰 :例えば、何らかの罰を与えられたり、批判や叱責をされたり、会議などでつるし上げをされたりするのがイヤだから行動しよっかなーとか
外発的動機づけによる働きかけのメリットとは?
「アメ」にしろ「ムチ」にしろ、外発的動機づけによる働きかけのメリットは何かってゆーと、例えばこんなのが挙げられるんじゃーないでしょーか?
- シンプルで比較的わかりやすい働きかけ
- 割と短期間で効果が出やすい働きかけ
例えば、こーんな風に・・・

外発的動機づけによる「外部から働きかけによって行動を起こす動機づけ」になって、上手く行けばモチベーションが爆上がりする場合もあるんじゃーないでしょーか?
ε=ε=ε=ε=┏( ̄▽ ̄)┛ やるゾー!やるゾー!!
外発的動機づけによる働きかけである「アメ」の向き不向きとは?
但し・・・
外発的動機づけの「外部から働きかけによって行動を起こす動機づけ」のうち、特に「アメ」による働きかけの場合、向き不向きもあるんじゃーないのかな~???
「アメ」による働きかけのつもりであっても、従業員によっては「アメ」に全くならない時だってあるだろーし、逆効果になっちゃうことだってあるんじゃーないのかな~???
なーんて感じることもあるので、ちょっちカキカキしておくっすね~。
ンーン (( ̄_ ̄*)(* ̄_ ̄)) ンーン
例えば・・・

なんかでカキカキしたように、こーんな風に外発的動機づけの効果が出る場合もあれば・・・

外発的動機づけによる「アメ」がたとえ同じであっても、従業員によっては例えばこーんな風に、外発的動機づけの効果が出るどころかむしろ逆効果になっちゃう場合もあれば・・・

状況によっては、会社を辞めてしまう場合だってあるんじゃーないのかな~???

つまり・・・
外発的動機づけによる働きかけである「アメ」のつもりが「アメ」に全くならなくて、むしろ逆効果になっちゃう場合もあるんじゃーないのかな~???
もしかしたら・・・




なんかにも、ある意味関係するかもしれないけど・・・
外発的動機づけによる働きかけである「アメ」にも向き不向きがあって、それが外発的動機づけによる働きかけである「アメ」になるのか「アメ」にならないのかって、それぞれの従業員によって違う場合もあるんじゃーないのかな~???
なーんて、感じちゃったりなんかしません?
( ̄  ̄;)
外発的動機づけによる働きかけのデメリットとは?
んでもって・・・
外発的動機づけによる働きかけにはメリットもあるんだけど、たとえそれぞれの従業員に合った「アメ」で働きかけを行ったとしても、デメリットもあるのは事実なんっすよね~。
ヾ(*・ω・)ノ
どーゆーコトかっつーと・・・
外発的動機づけの効果は、残念ながら持続しない
ってコトなんっす。
(。・_・。)
例えば、外発的動機づけによる働きかけを行い始めたばっかの頃は、こーんな風にやる気をめっちゃ出したとしても・・・

その外発的動機づけに、だんだん慣れて行ってしまって・・・

その外発的動機づけの効果が、持続しなくなっちゃうってコトなんっす。

なので、外発的動機づけを追加すると、一時的にはモチベーションが上がるんだけど・・・

外発的動機づけの効果が持続しなくなって来たら、外発的動機づけをさらに追加する羽目に陥っちゃうんすよね・・・

特に金銭的外発的動機づけによる働きかけをやっている場合だと、例えば1万円の外発的動機づけをやって、それで効果がなくなって来たらさらに追加で1万円 = 合計2万円の外発的動機づけを、それで効果がなくなって来たらさらに1万円追加 = 合計3万円の外発的動機づけをって感じになっちゃうので・・・

経営資源は有限ってことから考えても、いつか必ず限界が来ちゃうから無限に続けるワケにも行かないし、かと言ってなーんにもしなかったら、モチベーションを失ってしまった優秀な人材が辞めてしまうかもしれないので、経営者にとっては、ものすごーく頭が痛いと感じるんじゃーないでしょーか?
コマッタ・゚・(・´ω・`)ゞ・゚・コマッタ
内発的動機づけと外発的動機づけの意味や違い、向き不向きとは?
(パート3)
うーむ・・・
どっ・・・、どーでしょう???
「そっ・・・、そーだったのかー! ガ━━(= ̄□ ̄=)━━ン!! 」
「だからかー!!だからだったのかー!! ヾ(.;.;゜Д゜)ノ 」
という方も、いらっしゃれば・・・
「外発的動機づけと内発的動機づけの意味って、そーゆーコトだったんだ・・・、外発的動機づけと内発的動機づけの違いって、そーゆーコトだったんだ・・・ (;゜0゜)」
「外発的動機づけの向き不向きって、そーゆーコトだったんだ・・・ ( ̄◇ ̄;) 」
という方も、いらっしゃれば・・・
「外発的動機づけなら、ニンジンをぶら下げるとかアメとムチとかで動機づけをすればいいから、わかりやすいし簡単だしラクチンだと思っていたんだけど、実はそーゆーワケでもないのかも・・・!? 。゚(゚^o^゚)゚。 」
「それぞれの従業員によって、アメにも向き不向きがあるんだったら、まずはどんなアメがどんな従業員に向いているのか考えるところから始めないと、外発的動機づけにはならないってコトなのかも・・・!? ( ̄‥ ̄;) 」
という方も、いらっしゃれば・・・
「ってゆーか、外発的動機づけをいくらやっても、その外発的動機づけに慣れちゃって持続しないんだったら、安易に外発的動機づけをやるのも考え物だよなー・・・ ヽ(;▽;)ノ 」
「特に金銭的な外発的動機づけなんてやっちゃった日にゃー、ウチみたいに経営資源に乏しい中小企業だと、自分で自分の首を絞めるようなものだもんなー・・・ (T▽T) 」
という方も、いらっしゃれば・・・
「とは言えども、従業員のモチベーションを上げないと、優秀な人材が辞めちゃうかもしれないもんなー、めっちゃ頭が痛いよなー・・・ (ノ_・。) 」
「となるとだよー、外発的動機づけよりも内発的動機づけの方が、ウチの会社には向いているってコトなのかな~??? ( ̄∧ ̄ ) 」
という方も、いらっしゃるんじゃーないでしょうか?
んでー、もしかしたら・・・



なんかにもある意味関係するかもしれないので・・・
例えばこんなのからも、考えてみるのはどーでしょう?
o(*⌒O⌒)b
内発的動機づけの意味とは?
内発的動機づけとは、その人自身の内側から生み出される動機づけのことを言うっす。

自身の内側から生み出される内発的動機づけの意味とは?
内発的動機づけが、自身の内側から生み出される動機づけってのは、どーゆー意味なのかってゆーと、例えば、山登りが好きだから山に登るとか・・・

ランニングが好きで趣味だから、ランニングをするとか・・・

社会貢献や国際貢献に興味があったり、人の役に立ちたいと思っていたりするから、ボランティア活動をするとか・・・

ってなイメージでしょーか。
(〃⌒∇⌒)ゞ
つまり・・・
内発的動機づけが自身の内側から生み出される動機づけには、ざっくりばっくり言うと、こーんなのがあったりなんかするっすよんっ。
d(⌒o⌒)b

で・・・
もうちょいカキカキすると、内発的動機づけの例としては、例えばこーんなのが考えられるんじゃーないでしょーか?
ヾ(*´д`*)ノ キャッキャッ
内発的動機づけの例
- 自分が好きだから、それを自発的にやるという動機づけ
- 自分がやりたいと思ったりやってみたいと思ったりするから、それを自発的にやるという動機づけ
- 自分が楽しいと感じたり面白いと感じたりするから、それを自発的にやるという動機づけ
- 自分にとって興味や関心があることだから、それを自発的にやるという動機づけ
- 使命感から、それを自発的にやるという動機づけ
- 自分の目的や目標の達成に不可欠だったり必要だったりするから、それを自発的にやるという動機づけ
内発的動機づけのメリットとは?
んでー・・・
外発的動機づけと比較した場合の内発的動機づけのメリットはってゆーと、例えばこんなのが挙げられるんじゃーないでしょーか?
d(⌒ー⌒)
内発的動機づけのメリットや効果とプラスのサイクルとは?
これらの内発的動機づけのメリットについて、どーもピンと来ない時は、先述した「内発的動機づけの例」 と 「内発的動機づけのメリット」とを併せて、こーんな風に考えてみるのはどーでしょう?
(* ̄▽ ̄*)
例えば・・・
海外赴任の予定があったり、海外に興味があって海外留学とか海外旅行とかで海外に行くつもりだったりって状況だとするっす。

なので・・・
現地の言葉を勉強することが不可欠だと思って、一生懸命勉強したとするっす。

そーやってその言葉を勉強して、渡航先に行ってから現地の人とコミュニケーションを取れて効果を実感して、いろんな国の人と知り合ううちに他の国の文化や言葉にも興味が出て来て・・・
他の外国語も勉強してみよっかな~っっ♪
他の国にも行ってみよっかな~っっ♪
ってな気持ちになって、ますます内発的動機づけになって、プラスのサイクルにつながる場合もあるんじゃーないでしょーか?
o(*⌒―⌒*)o

内発的動機づけのデメリットとは?
その一方で・・・
内発的動機づけであるが故の内発的動機づけのデメリットはってゆーと、例えばこんなのが挙げられるんじゃーないでしょーか?
( ̄・ω・ ̄)
- 内発的動機づけであるが故に、動機づけの効果があらわれるまで、外発的動機づけよりも時間がかかる場合がある
- 内発的動機づけであるが故に、外部からの動機づけが困難
- 内発的動機づけに外発的動機づけを組み合わせることによって、逆にモチベーションがダダ下がりになったり、下手をすれば興味や関心を失ったり、やる気を完全に失ったりする場合がある
内発的動機づけに外発的動機づけを組み合わせることによって生じるデメリットとは?:アンダーマイニング効果
上記のうち・・・
内発的動機づけに外発的動機づけを組み合わせることによって、逆にモチベーションがダダ下がりになったり、下手をすれば興味や関心を失ったり、やる気を完全に失ったりする場合ってのが、どーゆー状況なのか気になる方もいらっしゃると思うので、ちょっちカキカキしておくっすね~。
d( ̄  ̄)
例えば、料理が好きだからとか興味があるからとかって内発的動機づけによって、自発的に楽しぃーく料理をしていたとするっす。

そんな内発的動機づけに、外発的動機づけによるこーんな「アメ」を組み合わせてみたとするっす。

それでも最初のうちは・・・
「好きでやっていることなのに、お金までもらえるなんてサイコーじゃーんっっ♪ y( ̄ー ̄)y 」
「んじゃー、もっとがんばっちゃおーっとっっ♪ ヽ(∇⌒ヽ)(ノ⌒∇)ノ 」
ってな感じで、内発的動機づけと外発的動機づけの組み合わせが、一見、上手く行っているように見えるっす。
だけどそのうち、内発的動機づけよりも外発的動機づけの方がだんだん大きくなって来て・・・

外発的動機づけによる「アメ」をもらうことが目的化して行っちゃって、内発的動機づけがどんどん小さくなって行き・・・

あーんなに好きで楽しく自発的にやっていたはずなのに、外発的動機づけによって逆にモチベーションがダダ下がりになり、興味や関心を失ったり、やる気を完全に失ったりして・・・

外発的動機づけを組み合わせた結果、内発的動機づけがなくなっちゃうって逆効果に陥っちゃう状況ってコトなんっすよね・・・
(((( ;゜д゜))))アワワワワ
内発的動機づけと外発的動機づけの意味や違い、向き不向きとは?
(パート4)
「え゛!?それってマジ!?となると、内発的動機づけに外発的動機づけを組み合わせるのはムリってコトなの!? Σ( ̄ロ ̄lll) 」
「逆効果になっちゃうから、内発的動機づけに外発的動機づけを組み合わせない方がいいってコトなの!? ヽ(;▽;)ノ 」
という方もいらっしゃると思うので、こんなのについてもカキカキしておくっすね~。
φ( ̄ー ̄ )
外発的動機づけによって内発的動機づけを促すには?:エンハンシング効果(ケース1)
んーと・・・、もしかしたら・・・



なんかにも、ある意味関係するかもしれないけど・・・
例えば、パソコンやスマホに対して、特に興味はないけど好きでも嫌いでもなくて、使ってみることに抵抗感もなかったとするっす。

んじゃー、せっかく目の前にあることだし、ちょっと使ってみよっかなーなどと思い、勉強しながら見よう見まねでとりあえず使ってみたとするっす。

そーやって使ってみるうちに、例えばこーんな風に・・・

「おお~っっ♪こーんなコトもあーんなコトもできるんだ~っっ♪ (* ̄▽ ̄)」
「使ってみて良かったかも~っっ♪ (*゜Q゜*) 」
「めっちゃ便利ぃ~っっ♪ (((o(*゜▽゜*)o))) 」
「わ~いっっ♪面白~いっっ♪楽し~いっっ♪ ♪~o(^0^o)~♪(o^0^)o~♪ 」
ってな感じで、だんだん楽しくなって来て、興味が湧いて来て・・・

もっともっと使ってみたくなって、いろんな人とつながったり世界中の人とコミュニケーションを取ったりすることによって、さらに興味が持てるようになって、もっと使えるようになりたいから、もっともっともぉーっと勉強しようって内発的動機づけにつながる場合だってあるんじゃーないでしょーか?
ヽ(⌒∇⌒)人(⌒▽⌒)ノ
外発的動機づけによって内発的動機づけを促すには?:エンハンシング効果(ケース2)
んでー・・・、もしかしたら・・・
貢献とかアイデアとか組織の何かのリンク
なんかにも、ある意味関係するかもしれないけど・・・
他にも、こーんなのもあり得るんじゃーないでしょーか?
(@ ̄ρ ̄@)
例えば・・・
特別手当を出すからなどと頼み込まれて、あるプロジェクトへの参加をお願いされたとするっす。

よくわからないし特に興味がないプロジェクトだったものの、断る理由も見つからなかったし、何回か参加してみてから続けるかどーか決めてもいいって言われたので、とりあえずそのプロジェクトの現場に行ってみると、ビックリするほどめちゃめちゃ大歓迎されたとするっす。

で・・・、みんなでワイワイガヤガヤわちゃわちゃとやっているうちに・・・

なんだか、ものすごーく楽しくなって来て・・・

興味も持てるようになって、みんなで協力し合ってアイデアを出してってやって行くうちに、さらに楽しくなって来て・・・

今まで知らなかったし気づくこともなかった自分の意外な才能にも気づくきっかけになって、自信も持てるようになるなどのメリットも実感することができたとするっす。

こーんな風に・・・
外発的動機づけによって内発的動機づけが促される場合だってあるんじゃーないかな~???
イェ━━━━━ヽ( ゜Д゜)人(゜Д゜ )ノ━━━━━━イ
なーんて感じちゃったりなんかしません?
+゚*。:゚+!ヾ(o´▽`)ノ゙+゚:。*゚+.
内発的動機づけと外発的動機づけの意味や違い、向き不向きとは?
(パート5)
うーむ・・・
どっ・・・、どーでしょう???
「内発的動機づけと外発的動機づけの意味って、そーゆーコトだったんだ~っっ。内発的動機づけと外発的動機づけの違いって、そーゆーコトだったんだ~っっ (〃▽〃)」
「内発的動機づけの向き不向きって、そーゆーコトだったんだ~っっ ヽ(´ー`)ノ 」
という方も、いらっしゃれば・・・
「内発的動機づけと外発的動機づけを組み合わせることって、ムリだと思っていたけど、やりようによっちゃー可能ってコトなのかも・・・!? ヽ(  ̄◇ ̄)ノ 」
「だけど、アンダーマイニング効果によって内発的動機づけが逆効果になっちゃう場合もあるだろーから、かなーり気をつけないとヤバイのかも・・・!? (|||▽ ) 」
という方も、いらっしゃれば・・・
「内発的動機づけと外発的動機づけの組み合わせで目指すのであれば、エンハンシング効果なんだけど、コレってなかなかムズイよなー・・・ o( ̄_ ̄|||)o 」
「エンハンシング効果を狙ったつもりが、一歩間違えたらアンダーマイニング効果に陥っちゃいそーだもんなー・・・ (o´д`o)=3 」
という方も、いらっしゃれば・・・
「風通しの良い組織とか居心地の良い組織とかを、普段からつくっていないと、上記のケースで内発的動機づけになることってまずないのかも・・・!? (´Д`lll) 」
「そう考えると、内発的動機づけや外発的動機づけって、もしかしたら組織力の強化や向上なんかとも関係するのかも・・・!? w( ̄△ ̄)w 」
という方も、いらっしゃれば・・・
「内発的動機づけにしても外発的動機づけにしても、もしかしたらバランスが大事ってコトなのかも・・・!? ((((_ _|||)))) 」
「そりゃー、内発的動機づけだけでモチベーションが向上するのならその方がいいのかもしれないけど、内発的動機づけだけだとやっぱり限界があるだろーし、内発的動機づけだけで仕事に対するモチベーションが上がるとは限らないもんなー・・・ (;゜д゜) 」
という方も、いらっしゃれば・・・
「内発的動機づけだけってのにはなかなか期待できそーにないだろーし、結局のところ外発的動機づけによってさりげなぁーく内発的動機づけを促したり、内発的動機づけにつなげたりする必要が出て来ちゃうもんなー・・・ ( ´△`;) 」
「とは言えども、外発的動機づけによって内発的動機づけを促すのって、向き不向きもあるだろーし、どんなことに対してやる気を出すのかって従業員によって違うだろーから、内発的動機づけにしろ外発的動機づけにしろ、その従業員がどんな時にやる気を出すのか知るところからまずは始める必要があるってコトなのかも・・・!? σ( ̄∇ ̄;) 」
という方も、いらっしゃれば・・・
「ってゆーか、そもそもの話、何のために従業員のモチベーションを向上する必要があるんだろ~??? ( ゜д゜) 」
「どんな組織だったら従業員のモチベーションが上がって、どんな組織だったら従業員のモチベーションが下がっちゃうんだろ~??? (ーー;) 」
という方も、いらっしゃれば・・・
「内発的動機づけって、組織の成立条件なんかとも関係している面があるのかも・・・!?社会貢献とか会社への貢献なんかとも関係している面があるのかも・・・!? \( ̄▽ ̄;)/ 」
「となるとだよー、人材採用にも関係して来るってコトなのかも・・・!? ( ・_・) 」
という方も、いらっしゃれば・・・
「もっと言うと、内発的動機づけにしても外発的動機づけにしても、人事制度や人事システムとも関係しているのかも・・・!? ( ̄○ ̄;) 」
「さらに言うと、会社の方向性にも関係しているだろーし、経営戦略とも関係しているだろーし、経営理念やビジョンなんかとも関係しているってコトなのかも・・・!? (・_・;) 」
という方も、いらっしゃれば・・・
「ってコトはだよー、内発的動機づけと外発的動機づけの意味や違いとか、向き不向きだけを見ていても、従業員のモチベーションの向上にはつながりにくいってコトなのかも・・!?人事制度や人事システムの観点から、全体的に考える必要があるってコトなのかも・・!? (@ ̄□ ̄@;)」
「会社の全体像を俯瞰した上で、経営理念やビジョンとの一貫性を考えて、人事制度や人事システムも含めて戦略的に、内発的動機づけと外発的動機づけについて考える必要があるってコトなのかも・・!? ( ̄∧ ̄ ) 」
という方も、いらっしゃれば・・・
「内発的動機づけも外発的動機づけも、ターゲット顧客と関係しているような気がしなくもないよなー・・・ (´ε`;) 」
「そーいやー、ウチの会社がターゲットとしている顧客って誰だったっけ??? (;・∀・)」
という方も、いらっしゃれば・・・
「ってコトはだよ・・・、アレをあーして、コレをこーして・・・ ((φ( ̄Д ̄ ) 」
「ウチの会社に必要な内発的動機づけや外発的動機づけって、こーゆーのなのかも~ d(⌒ー⌒) 」
という方も、いらっしゃるんじゃーないでしょうか?
で・・・
上記を踏まえた上で、例えばこんな視点から考えてみるのはどーでしょう?
( っ・ω・)っ
内発的動機づけと外発的動機づけは、動機づけが起こるのは、人の内側からか、外側からかという分類
■ 「きほんからわかる「モチベーション」理論」
モチベーションとは、何か目標とするものがあって、それに向けて、行動を立ち上げ、方向づけ、支える力です。
これは、欲しい気持ち(動因、たとえば欲望など)と、欲しい気持ちを満たすもの(誘因、たとえば目標など)がセットになったときに起こる意欲のようなものです。
内発的動機づけと外発的動機づけ
動機づけが起こるのは、人の内側からか、外側からかという分類で、仕事でのモチベーションを考えるときにとても有効な区分です。
まず、やる気は内側から沸き起こってくるというのが、内発的動機づけです。
たとえば、自分の有能さに酔ったり、創造的に活動することが快感であったりするような、内面の欲求が動因となって行動を起こすものです。
これに対して、外側からのアメやムチによって人は行動を起こすというのが、外発的動機づけです。
自己動機づけ、他者動機づけ、集団動機づけ
誰が誰をモチベートするのかによっても分類できます。
上司がメンバーを動機づけたり、親が子どもを動機づけたりしようとするなど、相手を動機づけするのが、他者動機づけです。
さらに、人々の集まりである集団の士気を高める集団動機づけ(グループ・モチベーション)があります。
これに対して、自分が自分を動機づけすることを、自己動機づけ(セルフ・モチベーション)と言います。
どれも向かわせる方向は、目標達成です。
普通の人間は、まず外発的動機づけでやる気を出し、そのやる気を使って内発的動機づけに火をつける
■ 「目標管理の教科書」
動機づけには、「外発的動機づけ」と「内発的動機づけ」との2つがある。
この2つの動機づけを念頭に置き、自分の権限で実行できる動機づけ策を実践するが、まず着手すべきは外発的動機づけである。
一部の鉄人は別として、普通の人間は、まず外発的動機づけでやる気を出し、そのやる気を使って内発的動機づけに火をつけるからである。
外発的動機づけ
他者から与えられるアメとムチによるやる気であり、主導権は多分に他者が握っている。
代表例は金銭的な報酬によるやる気である。
世間並みの賃金が保証されていなければ、「愛情や承認の欲求」などがいくら満たされたとしても、やる気は弱いものにとどまってしまうだろう。
何はさておき、企業は金銭的な報酬というやる気のもとを従業員に提供すること。
それが責務である。
「いいか。仕事は金のためにするんじゃない。カネより大事なことがあるだろう!?」
などと説教しないことが肝要である。
外発的動機づけは他者からの働きかけがなくなれば、たちまち消滅してしまう。
また、与えられることに免疫ができてしまい、さらに刺激的なものが得られない限り、やる気にならないということも起きてくる。
これが外発的動機づけの限界であり、より強いやる気の喚起と持続にはどうしても、内発的動機づけが必要になる。
内発的動機づけ
自分で自分のやる気を喚起する世界であり、自らが積極的に取りに行かない限り、入手が困難なやる気である。
内発的動機づけは、心の底から湧き出るような喜びや、「石にかじりついてでも・・・」という執念を持ったやる気である。
「それは面白そうなテーマだ!」という興味・関心。
「なるほど。よ~くわかった!」という納得感。
「そういうことならば、やらねばならぬ!」という責任感。
「これだ!」という発見や「やった!」という達成の喜びなどの仕事の面白さの実感。
「自信ができた。自分は仕事ができる人間だ」という自己成長の手応え。
「自分は相当の可能性を秘めた存在だ」という自分の潜在的可能性の確信。
こうした気持ちを持つことにより、目標達成への思いを強めること。
それが内発的動機づけの世界である。
内発的に動機づけられるビジョンとは?
■ 「職場は感情で変わる」
間違えてはいけないのは、ビジョンは上から浸透させるものではなく、みんなで共感するものだということです。
実現したい姿がイメージできて、そのために何をすべきかを各人が理解していくという意味では、浸透させるという言葉でもよいかもしれません。
しかし、これは同意や同感というものであり、第三者としてそれはいいと理解しただけです。
それでは行動化する動機にはつながらない。
ビジョンは理解したけれど、行動にはつながらない。
そういった状態です。
ビジョンを通じて実現したい姿をイメージし、その世界に自分を置いてみたら、自分もワクワクしてきた。
自分がイキイキした姿をイメージできた。
自分もこれを実現する一員になりたい。
他者の思いと自分の思いを重ねることが、共感です。
他者と同じ感情が自分の中に起きている状態です。
そうなればこそ、内発的に動機づけられ、自分の意思で行動を起こせるようになります。
大切なのは思いの共有です。
内発的動機づけは外発的動機づけとは大きく異なっている
■ 「人を伸ばす力 ― 内発と自律のすすめ」
内発的動機づけとは、活動することそれ自体がその活動の目的であるような行為の過程、つまり、活動それ自体に内在する報酬のために行う行為の過程を意味する。
われわれ大人であっても、たとえば余暇活動のように、興奮や達成感、あるいは個人的な満足を求めてさまざまな活動を行っているが、これも内発的動機づけに関係していると思われる。
6つのタイプの生きる意欲(目標)がある。
そのうち3つは、いわゆる外発的な意欲である。
すなわち裕福になること、有名になること、肉体的魅力があることへの意欲である。
それらの意欲は、達成しようとしている結果が、さらに別の目的のための手段になっているのが特徴である。
財産は権力をもたらし、物質的所有欲を満足させる。
名声は出世への扉を開き、贈り物の山を築かせることになるだろう。
美貌は、選ぶ権利や、商売のチャンスや、たえず注目を浴び続けるという栄光をもたらす。
これに対して、他の3つの意欲は内発的なものである。
それらはそれ自体が報酬となり、有能さ、自律、関係性に対する人々の生得的欲求を満足させるのに役立つ。
その3つとは、
である。
もちろん、大きな影響力をもつ人との満足のいく個人的関係は、出世への扉を開き、社会への貢献は賞賛と喝采をもって迎えられるわけであり、内発的意欲にも何らかの手段的な利点がないわけではない。
しかし、内発的意欲は外発的意欲とは大きく異なっている。
それは、それ自体が本来的に満足をもたらすという点である。
3つの内発的な意欲の結果は、それが別の目的を達成するかどうかにかかわらず、人々に有意義な個人的満足感を与えることができるのである。
3つの外発的意欲(金、名声、美貌)のいずれかが突出して高いとき、精神的健康は低い傾向にある。
これとは対照的に、いずれかの内発的目標(意味のある関係、個人的成長、社会への貢献)に対する強い意欲は、精神的健康とプラスに関連していることが認められている。
富や名声などに対する外発的意欲がもたらす問題点の一つは、絶対にそれらに到達できないのではないかという不安を、人々に抱かせることである。
何らかの目標に対して非常に大きな意義を認め、しかも絶対に自分がその目標を達成できないと考えるならば、自分が不幸だと感じるだろうし、おそらくは落胆して無気力になるだろう。
外発的な目標こそが大事だと夢中になることの背景にあるのは、その人の自己の希薄さである。
外発的目標は、自分はどんな人物なのかではなく、自分は何を所有しているかに注意を向けさせる。
そして彼らは、社会的に導かれた、確固とした基盤のない表面的なペルソナ(仮面人格)を作り上げる。
深い満足感を感じることも、内発的欲求が充足されることもない状況では、人は表面的な目標を希求するようになる。
彼らは、社会によって保証されている価値を、多く採用する傾向がある。
最も目立つのは、広告の標榜する価値(もっとすてきなものをたくさん手に入れようとか、富や名声や容貌などわかりやすい基準をもつ価値)である。
動機づけの問題になると、人は自分を動機づけたり統制したりするテクニックをいつも望んでいるようである。
自己改善の本のカバーには、たいてい、「あなたを動機づける最新テクニック」とか、「効果証明済みのテクニック」という文句が大きく書かれている。
動機づけはテクニックによってではなく内側から出て来る必要がある。
それは、自分自身を、責任をもってマネージしようと決心することから出てくる。
人が、その人自身に由来する理由のために本当に変わろうとしているとき、そして、非適応的行動の背景にある無数の感情(不安、無能感、怒り、恐怖、孤独感)に直面し対処しようとしているとき、変わろうと動機づけられるのである。
いったんこのことが起きれば、さまざまなテクニックはその人たちにとって効果的かもしれないが、本当の決意なくしては、また、その人たち自身にとっては重要な変わる理由がなければ、テクニックは助けにならない。
自分を変えるものとしてテクニックを重んじることは、内的ではなく、外的なところに自分を変える原因の所在があることの現れである。
その人たちは、自律的であるよりも統制されていることが意味のある個人的変化をもたらす手段になるという、誤った信念をもっているのである。
最初に、その人自身が変わりたいと深く望んでいなけばならない。
そうすれば、おそらく、テクニックを用いることが少しは助けになる。
しかし、もし本当に変わろうとしていないのならば、どんなテクニックを用いようとも失敗するのは目に見えている。
テクニックについて悩んでも意味がない。
変化への出発点は自分を受け入れ、自分の内的世界に関心をもつことである。
たとえば、自分はなぜ食べ過ぎるのか、自分はなぜ怒るのか、自分はなぜ子どもと一緒に時間を過ごさないのか、自分はなぜこれほど依存しているのか、などと考えることである。
何か行動をする理由を見つけるのは、出発点としては有益ではあるが、非難をする機会になってはならない。
変化の過程は、人が非適応的な行動をする理由に気づくことで促進されると同様、その行動について自分自身や他者を非難することによって妨げられるのである。
自分の行動の理由について本当に興味をもったとき、そして自分から変わろうとしたとき、非難は無関係になる。
怒鳴るのは、どのようにしたら自分の深い感情や秘密を共有できるかがわからない、または、そのことを恐れているからだと気づくこともあるだろう。
このように気づくことも、大変興味深く、どのようにしたら自分のより多くの部分を共有できるのか、どのようにしたら自分を開き、無防備でいる自分を理解させることができるのか、などを考える最初のステップとなる。
そうすることは簡単なことではないかもしれないが、より満足な結果をもたらすであろう。
意味のある変化は、全体がそれに向けて用意されているときに起こる。
今が変化のときであると感じ、各瞬間にその決意を実行しようとしているときに起こる。
圧力をかけることは助けにならない。
それどころか、自分を責めるのと同じくらい自分を傷つけてしまう。
意味のある変化は、自分を受け入れ、自分の行動の理由に対して興味をもち、そして、今までとは違ったようにしようと決めたときに起こるのである。
自己決定的であるという過程が内発的動機づけられたもの
■ 「自己決定の心理学」
意志をはたらかせるということは、人間本来の健康な機能の欠くことのできない側面である。
内発的動機づけについての一つの側面は、自己決定的であろうとする要求であるから、人の内発的要求は、人が明確な意図のもとに行動する場合にはいつでも満たされるであろう。
自己決定的であるという過程が内発的動機づけられたものである。
自己決定の喪失とそれに対応する無気力が、重い肉体的な病や死を招くという証拠は、逸話的なそれにとどまるものではない。
人間は、自己決定の喪失を体験するとき、自己の生活上の諸側面を統制し、望まれる目標を達成することが自分ではないと信じるとき、無力感を味わうとき、不適応や病気などさまざまな症状を示すのであり、極端な場合には死ぬこともあろう。
自己決定は、一つの重要な動機づけを引き起こす力にほかならず、したがって、それの喪失はさまざまな悪影響をもたらす。
時には人は、ある活動に「失敗する」(すなわち、統制力を有しない)ことがあっても、それでもなお効力感や自己決定感を味わうような場合があるだろう。
当のチャレンジを征服するに至っていないとしても、満足感はあるだろう。
自己決定は、自由を操作化する概念にほかならない。
自己決定は、動機や思考、感情、選択などの内部状態が、行動の原因となる先行因であることを意味している。
己が自由であると確信していないならば、自由であると感じていないならば、彼らは自由を享受している人々のようには行動しないものだ。
すなわち、彼らは、自己決定的であるとはとてもいえないであろう。
突然死に関するデータの多くは、相当な管理(支配)権を有し、かつ自己決定していることを自認している企業の管理職たちである。
彼らの行動の大半は、自己決定しているというよりも、自動的なものである。
すなわち、彼らは、己が自由で自己決定していると信じている(自己を偽っている)だけで、その実、外的報酬や拘束に対する隷属者にすぎないのである。
動機づけはどこから来るのか
■ 「学ぶ意欲を育てる人間関係づくり ― 動機づけの教育心理学」
「動機づけはどこから来るのか」という問いは「なぜ、人は行動を起こそうとするのか」という問いに等しい。
人は「おいしいものが食べたい」とか「○○を見てみたい」という理由でレストランに出かけたり、映画館に出かけたりする。
このような行動は「食べたい」という主体者の欲求と「食べたいもの」である誘因、目標といってもよいものとが存在するときに生じる。
学習の動機づけに限定して考えれば、おもしろい本などが学習の誘因になる。
これらは明らかに物理的な「もの」である。
学習の直接的な動機づけの対象が「もの」であることもあるが、学習が「もの」によって間接的に動機づけられることもある。
それはたとえば、家で1時間勉強すればおやつにアイスクリームがもらえるとか、成績を上げればお小遣いが得られるというような場合である。
このような学習の動機づけについて、前者を目的的動機づけ、後者を手段的動機づけという表現もある。
ものではなく、人が誘因に近い役目を果たすこともある。
「やさしくて美しい彼女に接近したい」という行動は直接、人が誘因といえる。
好ましくない人間関係とは相互に葛藤が生じやすく、極端な場合は憎しみが生じる人間関係である。
そのような緊張した人間関係が存在するところで正の動機づけが生まれるとは予想できない。
組織を支配するのは外発的動機づけだが限界がある
■ 「人として正しいことを」
組織を支配するのは、アメとムチによる動機づけである。
だが、「動機づけ」には限界がある。
結局は資金が底をつくか、足りないと言われてそっぽを向かれるかのどちらかだろう。
鼓舞されることと動機づけられることとは明らかに異なる。
鼓舞されるきっかけは、映画や本、あるいは何らかの体験であったり、達成したい目標であったりする。
他人の行動や努力に鼓舞されることもあれば、価値観や、自分より大きな目標の追求に鼓舞されることもある。
いずれにせよ、そのことによって最善の努力をしたいと思い、創造的な思考が呼び覚まされる。
鼓舞されて月面着陸を目指したり、ウェーブを起こしたり参加したりする人によっては、アメとムチなどどうでもよい。
その人には使命があるからだ。
鼓舞された人の心には、信念が生まれる。
鼓舞されると、それは円を描いてあなたに戻ってくる。
ほかの人たちが鼓舞されるのを見ると、今度はあなたが鼓舞されるのだ。
その連鎖をつくるのは、必ずしも上司である必要はない。
誰がやってもいい。
外発的動機づけである金で全員が動くと信じると、社員のやる気を削ぎ生産性を損ねる
■ 「ゼロのちから」
金銭による報酬は、すばらしい業績や目をみはるような結果につながらない。
自分の仕事を心から愛している人、そしてなぜその仕事についているかきちんと自覚している人を10人思い浮かべてほしい。
給料は2倍だが仕事に対する愛や理解がない人たちよりも、その10人はきっと、勤勉で、発想が豊かで、結果を出しているはずだ。
「お金だけでやる気になる人はほとんどいません」
「やる気のある社員のほとんどは、会社の目標と自分の目標が同じなのです」
ほとんどの人たちは、人生からお金以上のものを得たいと思っている。
心の充足、達成感、成功によって得られる名声といったあらゆるものを。
私たち社会は変わっているのに、企業はそれに追いついていない。
言いかえれば、企業を測る尺度として利益は唯一のものでも真っ先にくるものでもなく、必ずしもお金がいちばん大切ではないということだ。
実業界のスーパースターたちは、もっと金持ちになるために今の仕事をしているのではなく、それが好きだからやっているのだと公言している。
彼らが1日20時間も働き続けるのは、いまさらもっと金を稼ぎたいからではないだろう。
先駆者になり、業界を変革し、新たな基準をつくり、顧客が目標を達成するのを助け・・・
そして楽しむためにそうしているのだ。
自分の仕事にプライドをもつ人たちは、よりよい結果を残す。
多くの企業はこれに気づかないか、理解できない。
全員が金で動くと信じて(そしてそのように行動することで)、社員のやる気を削ぎ、生産性を損ねている。
金銭報酬へのこだわりは、営利企業に深く根をおろしている。
非営利組織は、上から下へと情報を伝達させない。
ただ共有するだけだ。
社員にとって、自分が仲間に入れてもらえない、つまりわざとかやの外におかれたり、上の人たちにはぐらかされたりすることほど、やる気を失うことはない。
それは幻滅と不信を生む。
末端の社員にも組織のことをわかってもらうには、さまざまな方法がある。
自分の仕事が、「何か大切なこと」へとつながっていると感じ、自分たちの考えが役立つばかりか、それに大きな力があると思えることが重要なのだ。
組織の中で自分が大切な役割を果たしていると実感できる。
その社員は、やりがいを感じるだけでなく、力を与えられたと感じるだろう。
誰かの「ために」働くのではなく、誰かと「ともに」働くと感じるとき、その仕事は意義を持つ。
職場は、自分たちが何ものかを表すものでなければならない。
職場が楽しければ楽しいほど、社員は会社に来たくなる。
社員があまり働かず企業目標に熱心に取り組まないと嘆く会社は、たいてい仕事を生真面目にとらえている。
楽しい職場はそれと反対で、熱心さと興奮を呼び起こし、新しいことへのチャレンジ精神を育み、社員に時間を忘れさせ、仕事に集中させる。
「社員はまず人間で、次に働き手なんだ」
彼らには夢も希望も、問題も不安もある。
それらを無視することは、彼らの夢や希望、問題や不安など組織にとってはどうでもいいと伝えるようなものだ。
これでは人の心は必ず離れる。
あなたは金だけが目的の社員が欲しいだろうか?
数字ばかりに目を向けていると、社員は自分の価値も数字で測ろうとするようになる。
内発的動機づけと外発的動機づけの意味や違い、向き不向きとは?
(パート6)
んでもって・・・、もしかしたら・・・

なんかにも、ある意味関係するかもしれないので・・・
例えばこんなのからも、念のために一応考えてみるのはどーでしょう?
ヾ( ̄ω ̄〃)ノ
外発的動機づけとは?
○ ウィキペディア
外発的動機づけは、報酬、処罰、または他者からの承認などの外的要因から生じる。
これは、人々が活動そのものではなく、活動の効果や結果に関心を持っているために活動に従事するときに起こる。
例えば、学生が親からの処罰を恐れるために宿題をする場合、外発的動機づけが責任を持つ。
外発的動機づけにも特定の利点がある。
それは、自然には興味深いまたは楽しいとは感じない有用または必要な課題に従事する動機づけを人々に提供することができる。
行動は、内発的動機のみによって、外発的動機のみによって、またはその両方の組み合わせによって動機づけられる可能性がある。
後者の場合、その人が行動に従事する理由には内的および外的な理由の両方がある。
両方が存在する場合、それらは互いに逆効果になる可能性がある。
例えば、高額な金銭的報酬のような強い外発的動機づけの存在は、内発的動機づけを減少させる可能性がある。
このため、外的な報酬がもはや得られない場合、個人はその活動にさらに従事する可能性が低くなる。
しかし、これは必ずしもそうではなく、適切な状況下では、内発的動機づけと外発的動機づけの組み合わせた効果がより高いパフォーマンスにつながる。
○ 人事辞典「HRペディア」
外発的動機づけとは、外部から働きかけられる要因をモチベーションとして、行動を起こすことを指します。
外発的動機づけは、ポジティブな内容だけではなく、リスクの回避などネガティブな要因も該当します。
ゴールが明確なため、即効性が高いことが特徴です。
金銭的な報酬の場合、その分コストがかかることがデメリットです。
また、従業員にとっては与えられた動機になるため、モチベーションが維持できなかったり、慣れてしまうと効果が弱まったりすることも考えられます。
外発的とは?
○ Weblio辞書
外部の環境や外部からの刺激に反応して起こるさま。
馬の鼻先に人参をぶら下げるとは?
○ Weblio辞書
馬の鼻面に人参をぶら下げて、馬の食欲をそそる、すると人参好きの馬は人参に食いつこうとして前進する、人参は馬に括りつけられているため馬と共に移動する、馬はなんとか食いつこうとして全力で走る、といったステレオタイプなイメージを表した言い方。
人参が馬の大好物である、人参を前にすると馬は盲目的に走り続ける、といった事柄は、ステレオタイプで多分に漫画的なイメージであり、必ずしも事実と一致しない。
「馬の鼻先に人参をぶら下げる」の表現は、やる気を示さない者に対して褒美をちらつかせることで奮起させる、といったことの喩えとして用いられることも多い。
人参をぶら下げるとは?
○ Weblio辞書
人の意欲を引き起こすための「褒美」を提示することによって、競争心を向上させ、士気を高めるという意味の語。
馬を早く走らせるために、馬の好物だと言われる「人参」を鼻先にもっていくというたとえが由来となっている。
飴と鞭とは?(アメとムチとは?)
○ コトバンク
支配や指導の方法で、甘い扱いをして譲歩する一方で厳しく締めつけることのたとえ。
しつけなどをする時に、甘い面と厳しい面と両方そなえていることのたとえ。
政治の術策の一つ。
飴とは被治者の喜ぶものを与えて歓心を買うことを意味し、鞭とは暴力によって被治者を恐怖させることを意味している。
○ ウィキペディア
飴と鞭とは、支配や懐柔の方法で、甘い扱いをして譲歩する一方で厳しく締めつけること。
権力者の人民懐柔策で、一方では弾圧法規を制定すると共に、一方では生活に役に立つとされる政策を実施することである。
鞭を前者に、飴を後者に例えた言葉である。
ドイツ帝国の鉄血宰相オットー・フォン・ビスマルクによる政策を評価した言葉が定着したものである。
1880年代にビスマルクは、社会主義の温床が貧困にあるとして、疾病保険法・災害保険法・老齢疾患保険法に基づく世界最初の社会保険制度を創設し社会改良を行うことで階級融和を図った。
しかし、社会主義者鎮圧法と同時に実施されたため、飴と鞭の政策といわれた。
慣用句として定着するようになり、「アメとムチ」のようにカタカナで表記されることも多い。
また、アメには利益・歓喜、ムチには恐怖・不安といった意味がこめられている。
内発的動機づけとは?
○ ウィキペディア
内発的動機づけは個人の内部から来るもので、楽しみ、好奇心、または充実感から活動に従事する。
これは人々が活動そのもののために活動を追求するときに起こる。
これは、その行動が良い感じがするために人がその行動に従事する場合のような感情的要因、または、それを良いものまたは意味のあるものとして見る場合のような認知的要因によるものである。
内発的動機づけの例は、単にそれを楽しむためだけに昼休みにバスケットボールをする人である。
内発的動機づけは、しばしば外発的動機づけよりも高く評価される。
それは、純粋な情熱、創造性、目的意識、個人のオートノミーと関連している。
また、より強いコミットメントと持続性を伴う傾向がある。
内発的動機づけは認知的、社会的、身体的発達における重要な要因である。
内発的動機づけの程度は、自律性の感覚や他者からのポジティブなフィードバックを含む様々な条件によって影響を受ける。
教育の分野では、内発的動機づけは高品質の学習をもたらす傾向がある。
○ 人事辞典「HRペディア」
内発的動機づけとは、報酬や評価などの外部要因を受けずに、自身の内側から湧き上がる興味・関心や向上心などによって動機づけられている状態のことです。
企業が成長し続けるためには、従業員が会社のパーパスやビジョンに共感したり、自らの仕事にやりがいを感じたりすることが重要です。
人は内面からの欲求や欲望を満たすため、行動に移す傾向にありますが、この内発的動機づけを組織運営にいかすことに注目が集まっています。
内発的とは?
○ goo辞書
外からの働きかけによらずに、内部から自然に起こるさま。
内発的動機づけと外発的動機づけの意味や違い、向き不向きとは?
(パート7)
うーむ・・・
どっ・・・、どーでしょう???
他にも、例えば・・・






などなども含めると、いろんな意味で考えさせられちゃいません? (^^)
ふーむ・・・、こーやって考えてみると・・・
まだ見えていないだけで・・・
意外なところにヒントがいっぱい溢れている
おお~っ ━━━━ヽ(゜Д゜)ノ━━━━ 見っけ~♪
のかも~???
なーんて、感じません?
(〃▽〃)
どっ・・・、どうでしょう???
皆さまは、どう思われますか?





コメント