「経営哲学って何だろ~?(´ε`;)」
「経営哲学の必要性を経営者が感じる時って?(。´・ω・)」
「逆に、経営哲学の必要性を経営者が感じない時って?( ̄‥ ̄;)」
「経営哲学の必要性を経営者が感じる時と感じない時って、何がどう違うんだろ~?( ´△`;)」
「ウチの社長もそうなんだけど、やっぱり経営者の立場だと経営哲学の必要性を感じるものなのかな~?(´._.`)」
「もしそうだとしたら、どーして経営者の立場だったら経営哲学の必要性を感じるものなんだろ~?どんな時に経営哲学の必要性を感じるんだろ~?(;-ω-)」
「自分なりの経営哲学がある経営者って意外と多いような気がするんだけど、それってナゼなんだろ~?。゚(゚^o^゚)゚。」
「ウチの社長は、有名な経営者の経営哲学本をよく読んでいるみたいなんだけど、どーしてなんだろ~?(;゜0゜)」
「経営哲学と経営理念やビジョンの関係って?p(´⌒`q) 」
「経営哲学と経営理念やビジョンって、何か関係しているのかな~?(ーー゛)」
「経営哲学のメリットって何だろ~?(´・_・‘)」
「経営哲学って聞くとメリットが多いようなイメージがあるんだけど、経営哲学にもデメリットってあるのかな~?(;・∀・)」
などなど、このような疑問の声をお聞きすることもあるんですが・・・
( ´・ω・`)
「経営理念・ビジョン・経営計画等の作成」、「組織人事戦略(戦略的な組織づくり)」、「人材育成戦略(戦略的な人材育成)」、「自律型人材育成」などのお手伝いを行なっているからなのか・・・
「爆発・炎上・崩壊組織」で消防のお手伝いを行なうこともあるからなのか・・・
こーゆー疑問って意外と大事
なんじゃーないかな~???
(`・ω・´)
なーんて感じることもあるのと、それにコレってもしかしたら・・・





などなどにも、ある意味関係するっちゃーする面もあるのかも~???
なーんて感じるコトもあるので、一緒に考えてみません? (^^)
あ、モチロン、「自律的に」という意味で。
ちょっと興味あるかも~?
って言ってくださる方は、お付き合いいただけると嬉しいです。
(^^)/
経営哲学とは?経営哲学の必要性を経営者が感じる時って?
(パート1)
んーと、もしかしたら・・・




なんかにもある意味関係するかもしれないので・・・
特に中小企業経営者の立場の方からお聞きすることもある例えばこんな声から、まずは考えてみるのはどーでしょう?
(。・ω・)b
経営哲学とは?経営哲学の必要性を経営者が感じる時って?
中小企業経営者Aさんの声
経営者の立場になると、経営哲学の必要性を感じる時ってありますよね。
私もそうでした。
私が経営哲学の必要性を最初に感じた時は、経営理念やビジョンを考える時だったんですけどね。
起業したばかりの頃は、経営理念やビジョンらしきものが実はなかったんです。
取引先から質問されたことをきっかけに、経営理念やビジョンを考え始めたんです。
で、経営理念やビジョンを考え始めて、ふと思い浮かんだ疑問があったんです。
どーしてこんなに経営理念やビジョンを考えるのが難しいんだろう???って、疑問だったんですけどね。
そこで、はたっと気がついたんです。
自分には経営哲学と言えるようなものがないのかも!?って。
だって、経営理念やビジョンを考える上でのベースになるものって、やっぱり経営哲学じゃないですか。
とは言えども、いくら机の前でうーんうーんと唸っていても、思い浮かばないものは思い浮かびませんよね。
そこでいろんな経営者の経営哲学本を読み漁ってみたんです。
モチロン、全ての経営者の経営哲学の全部が全部賛成できるはずがありませんよね。
中には眉唾モノっぽいのもたくさんあるし、宣伝にしかなっていないようなものもたくさんあるし。
なので、こーゆー経営哲学には賛同できるけど、こーゆー経営哲学にはちょっと賛同できないかも!?って感じで、いろんな経営哲学本を読みながら自分なりの経営哲学を考えて行ったんです。
経営哲学を考えながら、自分なりの判断基準を磨いて行ったとでも言ったらいいんでしょーか。
自分なりの価値観とか倫理観とか模索して行ったとも言えるんでしょーけど。
そう考えると、自分なりの判断基準とか価値観とかがかたまって行く過程で、経営哲学らしきものも少しずつかたまって行ったと言った方がいいのかもしれませんが。
で、ベースとなる経営哲学がかたまると、経営理念やビジョンも意外とすんなりと考えられるようになったんです。
あんなに考えられなくて困っていた経営理念やビジョンだったのに、拍子抜けしたぐらいでしたね。
コレって逆に言うと、経営哲学がない時には経営理念やビジョンも考えられないってことでもあるのかもしれませんね。
今思うと、そりゃーそーだよなーって感じちゃいますけど。
だって、経営哲学が会社経営において全てのベースになっているんですから。
もしも会社の方向性とか経営計画とか、経営理念やビジョンをなかなか考えられなくて悩んでいるなら、そんな時は経営哲学からまずは考えてみるのもアリなのかもしれませんね。
経営哲学とは?経営哲学の必要性を経営者が感じる時って?
中小企業経営者Bさんの声
経営者の立場だと、経営哲学の必要性を感じる時って結構ありますよね。
そーゆー私も、起業して経営者の立場になって初めて、経営哲学の必要性を感じるようになりましたよ。
従業員の立場で働いていた頃は、経営哲学とは何なのかってことすら考えもしなかったし、経営哲学の必要性も感じたことがなかったんですけどね。
コレってもしかしたら、経営者の視点と従業員の視点の違いとも関係しているのかも!?って、感じるようにもなりましたし。
経営者としての私が経営哲学の必要性を感じる時って、実はよくあるんですけど、経営哲学の必要性を特に感じる時と言えば、やっぱり経営者ならではの仕事とか役割とかを果たさなければならない時でしょーか。
だって、経営者の仕事に唯一絶対の答えもなければ、マニュアルもありませんから。
経営者の立場だと、会社の方向性を決める時にしても、判断をすることとか決断をすることとかが多いですよね。
経営判断を一つ間違えると、事業継続の危機に陥ってしまった。会社を倒産させてしまったり、従業員を路頭に迷わてしまったりすることだってありあり得ますし。
経営者としての責任は重大で、経営者の仕事は誰にも責任転嫁できないからこそ、経営哲学ってものが必要になると私は思うんです。
経営哲学とは?経営哲学の必要性を経営者が感じる時って?
中小企業経営者Cさんの声
経営者として仕事をしていると、経営哲学の必要性を感じる時ってたくさんあるんじゃーないでしょーか。
と言っても、以前の私は経営哲学の必要性を感じたことがなかったんですけどね。
経営哲学の必要性を感じていなかったから、失敗を散々繰り返したのかも!?って、今振り返ると感じるんです。
当時の私は、経営哲学がどーのって以前の状態で、経営とは何なのか?何をすれば経営なのか?経営者の仕事や役割とは何なのか?ってことすら理解していなかったんです。
だから、何でもいいから儲かりさえすりゃーそれでいいって考えていたと思うんです。
モチロン、営利企業なんだから利益を追求するのは当たり前です。
だけど、利益を上げることそのものが目的化してしまっていたってゆーか。
言い訳にしか聞こえないかもしれないけど、人間ってやっぱり弱いから、ラクして儲けられるのであればとでも思っていたのかもしれません。
なので、怪しいお金儲け話にホイホイつられていましたし。
従業員の声に耳を傾けることなく、節操なく。
で、騙されて痛い目に遭ったのに、それでも懲りることなく怪しいお金儲け話にまたホイホイつられていたし。
朝令暮改も頻繁に繰り返していたし。
しかも一貫性も整合性もないバラバラの朝令暮改を繰り返していましたし。
あまりにも行き当たりばったりの無計画のテキトーで、気分屋の暴走社長と言われても仕方がなかったし。
従業員がそんな私を見て呆れ返ったからなのか、連鎖退職や一斉退職を招いてしまったこともあったし。
それで、事業継続の危機にも陥ったし。
人手不足倒産の寸前まで行きましたし。
それもこれも、自分の中で「軸」とか「骨」とか「芯」とかとも言うべき経営哲学がなかったからだと、今は思うんです。
経営哲学とは?経営哲学の必要性を経営者が感じる時って?
中小企業経営者Dさんの声
経営者として仕事をしていると、経営哲学の必要性を感じる時ってよくありますよね。
実は私もそうでした。
サラリーマン時代には、経営哲学の必要性なんて感じたことがなかったんですけどね。
と言っても、起業したばかりで一人でやっていた時には、経営哲学の必要性を感じることはありませんでした。
経営哲学の必要性を感じるようになったのは、従業員を雇用するようになってからでした。
経営者の視点と従業員の視点は違うって言うけど、本当にそうだったんだなー・・・って、実感したからってのもあるんでしょーけど。
従業員の立場だと上司がいて、相談したり質問したりすることができますよね。
褒められるとモチベーションが上がるし、もっとがんばろうって気持ちにもなれるし。
逆に、叱られることだってありますし。
当時はウザかったけど、よくよく考えると、叱ってもらえるって有り難いことでもあるんですよね。
サラリーマンとして働いていた頃は、こーゆーことが当たり前だったからなのか、有り難いと感じることも感謝することもありませんでしたけどね。
だけど、経営者の立場になると、こーゆーことって決して当たり前ではなくなっちゃうんです。
そもそも、褒めてくれる人も叱ってくれる人がいませんから。
むしろ、経営者なんだからできて当たり前って思われちゃうってゆーか。
できていなかったら、経営者のくせに!!って思われちゃうし、できていても経営者なんだから当然!!って思われちゃうってゆーか。
どんなに悩んでも、経営者だから相談したり質問したりなかなかできないし。
どんなに苦しくても、何もかも投げ出して逃げてしまうワケには行きませんし。
だからこそ、経営哲学が必要になると思うんです。
自分自身を叱咤激励して、モチベーションを上げるためにも。
戒めるためにも、暴走してしまわないためにも。
経営哲学とは?経営哲学の必要性を経営者が感じる時って?
中小企業経営者Eさんの声
経営者の立場だと、経営哲学の必要性を感じる時がちょこちょことありますよね。
実は私もそうでした。
経営者の立場になって初めて、経営哲学の必要性を感じるようになったんです。
経営哲学の必要性を感じるようになった理由にはいろいろあるんですけど、中でも最も大きな理由はとゆーと、やっぱり経営者の孤独と関係しているように思うんです。
経営者は孤独って起業する前に聞いたことがあったんですけどね。
だけど、自分が実際に経営者の立場になって初めて、経営者の孤独を実感することになりましたよ。
とは言えども、経営者だって一人の人間です。
経営者だって人間ですから、弱音を吐きたくもなれば愚痴りたくなる時もなります。
逃げ出したくなる時もあれば、ふと消えてしまいたくなる時だってあります。
でも、それが許されないのが経営者なんですよね。
そんな過酷な状況と闘わなければならない経営者だからこそ、経営哲学が必要になると思うんです。
辛い時であっても、経営哲学が拠り所になる時だってありますし。
経営哲学を思い出して、もっとがんばろうって気になれますし。
人間不信に苛まれたり、経営者の孤独に苛まれたりして、後ろ向きな気持ちになった時であっても、経営哲学を思い出すと闘う勇気が湧いて来るし、闘う武器にもなる時があるんです。
それに、経営哲学から意外なヒントを得られる時とか、突破口を見つけられる時とかもありますしね。
そう思うと、特に八方ふさがりとか打つ手なしとかって感じている時ほど、自分なりに考えた経営哲学を思い返してみると役に立つように思いますよ。
真の敵は己の中にありとは、よく言ったものなのかもしれませんね。
経営哲学とは?経営哲学の必要性を経営者が感じる時って?
(パート2)
うーむ・・・
どっ・・・、どーでしょう???
「そーなんだよなー、経営者の仕事って唯一絶対の答えがないんだもんなー (´ε`;) 」
「経営者の仕事にはマニュアルもないし、経営判断に困ることも多いもんなー (´-ω-`) 」
という方も、いらっしゃれば・・・
「経営判断に困るのって、裏を返せば、自分なりの経営哲学がないってのも原因の一つなのかも・・・!? p(´⌒`q) 」
「経営判断の基準の大元になっているのが経営哲学って考えると、経営哲学の必要性を感じちゃうかも・・・!? ヽ(;▽;)ノ 」
という方も、いらっしゃれば・・・
「経営理念やビジョンがなかなか考えられなくて、丁度悩んでいたところだったんだけど、経営哲学ってのは盲点だったかも・・・!? ( ´△`;) 」
「急がば回れって言うし、いろんな経営哲学本を試しに読んでみてから、自分なりの経営哲学についてちょっち考えてみよっかなー (o*゜∇゜)o 」
という方も、いらっしゃれば・・・
「ってコトはだよ・・・、アレをあーして、コレをこーして・・・ ((φ( ̄Д ̄ ) 」
「経営哲学の必要性なんて今まで全く感じたことがなかったんだけど、経営哲学って意外と必要なのかも~ d(⌒ー⌒) 」
という方も、いらっしゃるんじゃーないでしょうか?
で・・・、もしかしたら・・・





なんかにも、ある意味関係するかもしれないので・・・
中小企業経営者の立場の方からお聞きすることもある例えばこんな声からも、考えてみるのはどーでしょう?
( っ・ω・)っ
経営哲学とは?経営哲学の必要性を経営者が感じる時って?
中小企業経営者Fさんの声
以前の私は、経営哲学の必要性を感じたことがなかったんですけどね。
だからなのか、経営哲学も経営理念やビジョンも他社のものをそっくりそのまま真似して掲げていたんです。
ナントナーク良さそうに感じたヤツをテキトーに。
だけど何気なくやってしまっていたこの行為が後々、自分で自分の首を絞めてしまったんですよ・・・
何せ、知名度がある有名な会社経営者が出している経営哲学本とかを見て、その経営哲学とか経営理念やビジョンとかをそっくりそのままパクっちゃったもんだから、従業員や取引先から経営哲学とか経営理念やビジョンとかについて質問されても、答えられなかったんです。
話はそれだけじゃー済みませんでした。
事あるごとに、経営哲学とか経営理念やビジョンとかで掲げていることと実際とが乖離しているってツッコミを受けたんです。
今思えば、そりゃーそーだよなーって感じるんですけどね。
だって、経営哲学がテキトーだから、経営理念やビジョンもテキトーで、他社のものをただ真似しただけってことは、良いところどりをしているだけなのであって、芯が通っていなくて、一貫性がなくバラバラの状態なんですから。
つまり、他社の経営哲学とか経営理念やビジョンとかを、そっくりそのまま真似してパクっちゃったことが、逆効果になってしまっていたんです。
経営哲学とか経営理念やビジョンとかを掲げていない方がまだマシだったかも!?って、感じるぐらいでした。
経営哲学とか経営理念やビジョンとかで掲げていることと実際とが乖離しているせいで、連鎖退職や一斉退職まで招いてしまったし。
取引先からも、取引を断られしまったこともあったし。
経営哲学とか経営理念やビジョンとかがテキトーなものだから、当然のことながら、経営戦略も思いっきりテキトーだったし。
ってゆーか、経営戦略の必要性すら感じていなかったぐらいだったし。
結局のところ、当時の私は大きな勘違いをしていたと思うんです。
経営哲学とか経営理念やビジョンとかは、単なるキャッチコピーに過ぎないとでも思いこんでいたんでしょーね。
もっと言うと、経営哲学とか経営理念やビジョンとかを掲げることそのものが、目的化してしまっていたのかも!?
だからこそ思うんです。
経営哲学とか経営理念やビジョンとかは、どんなにつたなくてもどんなに下手クソでも、自分の頭でちゃんと考えないといけないって。
今思えば当たり前の話なんですけど、経営理念やビジョンの大元が経営哲学なんだから、他社の経営哲学をただ真似するだけでは結局使えないし、自分で自分の首を絞めるだけだって。
経営哲学とは?経営哲学の必要性を経営者が感じる時って?
中小企業経営者Gさんの声
経営者として仕事をしていると、経営哲学の必要性を感じる時ってやっぱりありますよね。
私も経営哲学の必要性を感じていたので、有名経営者の経営哲学本を読み漁っていましたよ。
めっちゃ共感したし、こーゆー考え方っていいよなー、すごいよなー、こんな経営者になりたいよなーって憧れの気持ちもあって。
ただねー、当時の私を振り返ってみると、ちょっと危険だったかも!?とも感じる面があるんです。
それは何かってゆーと、有名経営者の経営哲学本に心酔し過ぎていたところがあったってことなんですけど。
有名経営者の経営哲学本を参考にするのはいいと思います。
有名経営者の経営哲学本を通じて、いろんな考え方に触れることができますし、参考になることもたくさんありますし。
経営哲学本を出している有名経営者をお手本にして、こんな経営者になりたいなどの目標にするのも、まぁいいと思います。
新米経営者からすれば、成功している大ベテラン経営者なんですから。
だけど、有名経営者の経営哲学をそっくりそのまま真似をするのは、さすがにヤバイよなーって今は感じますね。
だって、有名経営者の経営哲学をそっくりそのまま真似したところで、その有名経営者になれるワケでもなければ、いくらその会社の成功事例をそのまま真似したところで、その会社のように成功できるワケでもないんですから。
よくよく考えてみたら、そもそもその会社とウチの会社では、経営資源だって全然違いますし。
たとえ同じ業界に属する会社であったとしても、業種・業態が同じであったとしても。
なので、有名経営者の経営哲学本を読む時には、注意が必要だよなーって今はつくづく感じています。
特に私のように心酔し過ぎたり、憧れの気持ちがあったりする場合には。
有名経営者の経営哲学本とゆーのは、メリットだけではなくデメリットもあって、諸刃の剣にもなり得ますから。
経営哲学とは?経営哲学の必要性を経営者が感じる時って?
(パート3)
うーむ・・・
どっ・・・、どーでしょう???
「そっ・・・、そーだったのかー! ガ━━(= ̄□ ̄=)━━ン!! 」
「だからかー!!だからだったのかー!! ヾ(.;.;゜Д゜)ノ 」
という方も、いらっしゃれば・・・
「げっ・・・!?有名経営者の経営哲学本をそっくりそのままパクって、真似しようとしていたかも・・・!? \( ̄▽ ̄;)/ 」
「言われてみたら、そりゃーそーだよなー・・・、有名経営者の経営哲学本をいくら読んでも、経営哲学をそっくりそのまま真似しても、その有名経営者のようになれるワケじゃーないし、成功できるワケでもないもんなー・・・ (o´д`o)=3 」
という方も、いらっしゃれば・・・
「コレって結局のところ、経営者の仕事や役割に唯一絶対の答えがないって点とも関係している面があるのかも・・・!? (;゜∇゜) 」
「だからついつい、有名経営者の経営哲学本をマニュアルのように使ってしまって、自分で自分の首を絞めてしまう場合もあるってコトなのかも・・・!? (;´д`) 」
という方も、いらっしゃれば・・・
「ナルホド・・・、経営哲学について、ちょっぴりわかった気がするかも・・・ ヽ(´ー`)ノ 」
「あ、なーんだー、経営哲学の必要性ってそーゆーコトだったんだ~ (〃▽〃) 」
という方も、いらっしゃるんじゃーないでしょうか?
んでー・・・
上記を踏まえた上で、例えばこんな視点からも考えてみるのはどーでしょう?
o(*⌒O⌒)b
骨(経営哲学・経営理念)がある経営とない経営の違いとは?
■ 「夢をかなえる経営計画」
景気が悪化すると自社の業績不振を景気のせいにして、自己の経営能力を棚に上げて、悲嘆にくれる方がいます。
残念ながら、このような方々は、波にチャプチャプ浮かぶクラゲと一緒で、骨(経営哲学・経営理念)がなく、運動能力(経営方針・経営計画・経営組織)がなく、波まかせ。
思うところに到達しないのは当たり前なのです。
相手や環境を変えることはできません。
「自ら」を変えていくことを通じて「自社」は変革していく。
これが本当の「経営革新」の意味するところです。
「経営革新は、経営者の革新、経営者の革新は経営者の心の革新」なのです。
人生理念や企業にとっての経営理念を具現化するための道筋を示すもの、これが経営計画書なのです。
このような時代だからこそ、経営計画書を作り、それに基づいた経営を行うことが大切なのです。
ビジョンとは、企業が一丸となって取り組む経営理念や経営哲学のこと
■ 「「応援したくなる企業」の時代」
求められるのは、競合企業の動向に敏感に反応することでもなければ、生活者のニーズにだけ耳を傾けて改善をはかることでもない。
進むべき方向性を表す企業の「ビジョン」を示すことが不可欠であり、その企業ならではの信念や理念にもとづいた「絶対アプローチ」が必要だ。
ここでいう「ビジョン」とは、企業が一丸となって取り組む経営理念や経営哲学のことである。
簡単にいうと「こうなりたい」という理想像だ。
競合企業の参照を失うと右往左往するしかなくなる企業は、たいていこの「ビジョン」が明確になっていない。
逆に、独自性を発揮して、継続的にイノベーションを起こしている企業の多くは、かならずといっていいほど、明確なビジョンをもっている。
企業が明確な将来像を思い描きながら、ビジネスを進めていこうとする考え方を「ビジョン型」とするなら、強い理念や思い、信条をもって共感を集め、ファンを獲得していく企業や商品の考え方は「スピリッツ共感型」と定義できる。
「ビジョン型」と「スピリッツ共感型」には似通った部分もあるが、厳密に区別するなら、「ビジョン」が明確な将来像であるのに対して、「スピリッツ」には、それに信念や哲学、信条などの強い「思い」が加わっている。
それだけに、「スピリッツ共感型」企業には、熱烈なファンがつきやすい。
ともすると、ライバル企業に顧客数の面では負けているかもしれないのだが、顧客一人ひとりの熱狂度合いの深さという点では、圧倒的な強さを誇る。
従業員にビジョンが浸透し、それを体現しようとする企業の姿勢に共感が得られれば、そこから生み出されるモノやサービスにはおのずと一貫性がもたらされる。
導くからには自分なりの考え、経営哲学、想い、ミッションが必要
■ 「サーバント・リーダーシップ入門」
今の日本には「与えられる」ことに慣れすぎていて、「与える」気持ちを忘れた人が増えているのではないかと危惧している。
愛する人ができたときのことを考えてみてほしい。
その人のことが少しずつわかってきたら、その人が喜びそうな何かをしたいという気になるかもしれない。
「奉仕」という言葉がピンとこなくても、その人がそうされるとうれしいと感じられるようなことで、自分なりに尽くしたいと思うだろう。
そういう気持ちや行動が相手に通じたときに、その人は、はじめてあなたのほうを振り向いてくれる。
そして振り向くだけでなく、あなたに喜んでついくるようになるだろう。
相手に奉仕すること、尽くすことを通じて、相手を導いていく。
当然、導くからには自分なりの考え、経営哲学、想い、ミッションがいる。
経営哲学・思想を実現するために人事制度がある
■ 「学習する組織 -現場に変化のタネをまく-」
企業の人事制度を設計する前にまず検討しなければならないことは、人事制度の背景にある「フィロソフィ(経営哲学・思想)」である。
人事についての経営哲学・思想を実現するために制度がある。
このフィロソフィ(哲学・思想)を明確にしないまま、仕組み・制度を導入すると不具合が生じる。
フィロソフィ(哲学・思想)が明確でないと、人事制度はどうしても機械的な運用になりがちで、より精緻でデジタル的な制度を要求するようになる。
しかし、精緻な制度がどうしても合わない職種もあり、納得感のない制度運用に陥りがちだ。
明確な絶対的尺度で、デジタル的、機械的に評価するのは、制度の仕組みとしては綺麗だが、実際の仕事の重要な部分は測定しづらいものが多く、評価される社員はかえって納得できない。
では、人事制度のフィロソフィ(哲学・思想)には、どのようなものがあるのだろうか。
どのタイプを取るかによって、目標の意味付けや評価の仕方、そして、処遇と育成のあり方に違いが生じる。
それらがごちゃごちゃだとシステムに不整合が生じ、現場での通貫性がなくなるのだ。
本来の企業理念、企業倫理、経営哲学を中核として、組織の全員が取り組んでいたなら、恐らく事件・事故は起きなかったはず
■ 「「サービス」の常識」
法律を無視して売上向上を行い、問題になると「それのどこがいけなかったですか?」とにこにこしながら不思議そうな顔をテレビで見せた社長の場合、明らかに法律違反であったが、その倫理にもとる態度が反感を買いクレームが殺到し、改めてしぶしぶお詫びの会見を行った。
本来の企業理念、企業倫理、経営哲学を中核として、組織の全員が取り組んでいたなら、恐らく問題、トラブル、事件・事故は起きなかったはずである。
トラブル・事件・事故に共通している典型的な要素を調べるとおよそ以下のとおりである。
① 企業理念・経営哲学の欠如
「企業第一主義」「役所重点主義」「政治中心主義」となっている現象が非常に多く見られる。
② コストダウン
コストダウンを企業のために行うから、「コストを下げて品質低下を招いている」「コストダウンの一環であるスピードアップを図って『雑』にしている」「コストダウンに連動する短絡化を行い付加価値を失っている」というような問題が多発する。
③ 売上・利益至上主義
「ともかくなりふり構わず売ってこい」という姿勢は次第に、「強引に売りつけろ」「騙してでも売ってこい」につながっていく。
製造年月日のごまかし、内容物のすり替え、法律違反を承知で嘘をつくなど「何でもあり」の状況が噴出する。
なぜ経営に哲学が必要か
■ なぜ経営に哲学が必要か
「哲学」とは、その人が持つ考え方、あるいは人生観と言い換えてもいいかもしれません。
経営者は誰でも、「人生はこうあるべきだ」とか、「自分の会社をこうしたい」という考え方なり人生観というものを持っているはずです。
では、なぜ経営者の考え方が大切なのでしょうか。
それは、経営者の持っている考え方によって、経営のすべてが決まってしまうからです。
「たった1回しかない人生なのだから、自分がどれくらいできるのかを試してみよう、一生懸命努力して、素晴らしい人生にしよう」と考える人もいれば、「たった1回しかない人生なのだから、そんなにあくせく働いて過ごすのはもったいない、もっと面白おかしく人生を楽しもうではないか」と考える人もいるはずです。
つまり、考え方は経営者が100人いれば100人、それぞれ違います。
その考え方が、会社の成否を決めています。
なぜ同じ経営哲学を掲げながら、モンスターのような会社が生まれてしまったのだろうか?
■ なぜ同じ経営哲学を掲げながら、モンスターのような会社が生まれてしまったのだろうか?
いったいなぜ、同じ経営哲学を掲げながら、こんなモンスターのような会社が生まれてしまったのだろうか。
この事象は本当によくあることで、「もうかる」とだけ考えて安易に導入しようとした企業は、いつしか破綻を迎える。
現場の数値を完全に見える化し、経営が現在の状況を瞬時に把握できるというのは強力な武器である。
一方、それと同時に、その数字管理のしやすさが社内のモラル低下を招くのだ。
数字だけを現場に求め、成果の出た社員には高い報酬を支払う一方で、ダメな社員はとことん追い詰める。
経営哲学の部分が不動で「軸がぶれていない」状態とは?
■ いい意味での「朝令暮改型リーダー」は何が違う?
「朝令暮改」の二面性というのは、「Whyレベルの朝令暮改」と「Whatレベルの朝令暮改」の違いです。
「軸がぶれている」という状態
Whyレベルの朝令暮改とは、Why、つまり物事を考える根拠や理由がふらふらして定まらない、いわゆる「軸がぶれている」という状態です。
この部分が定まらないようでは、周りの人間は振り回されるだけで全くいいことはないでしょう。
経営哲学が不動で「軸がぶれていない」状態
Whatレベルの朝令暮改は、よって立つ「哲学」の部分は不動の状態で、実現手段(What)をその場の状況に合わせて変更させていくということです。
いわゆる「軸がぶれていない」状態です。
軸がぶれなければ、その場その場で最適の手段に柔軟に対応していくというのは、リーダーとしては必須の行動パターンではないでしょうか。
マネジメントを志す者は、哲学、倫理学などを身につけよ
■ マネジメントとは何にもましてものの考え方である(ドラッカー)
ドラッカーは、マネジメントを志す者は、心理学、哲学、倫理学、経済学、歴史などを身につけよという。
それらの知識によって、成果を出せという。
病人の治療、学生の教育、橋の建設、ソフトの設計に使えという。
哲学は「物事を正しく考えるための土台」を作ってくれる
■ 【サルでもわかる】哲学入門
哲学を一言で言うと、「考えることについて考える」学問です。
ちょっと変な言い方に聞こえますよね。
でも実は、とてもシンプルなことなんです。
私たちは普段、いろいろなことを「当たり前」だと思って生活しています。
例えば「この机は実在する」とか「1+1=2」とか「人を殺してはいけない」とか。
でも、哲学ではそんな「当たり前」を疑うところから始めます。
「当たり前」を疑って、深く考えていくのが哲学なんです。
哲学では、「なぜ?」「本当に?」という問いを大切にします。
そして、その答えを探していく過程で、新しい発見や気づきが生まれるんです。
哲学は、数学や科学のように目に見える形ですぐに役立つものではありません。
でも、実は私たちの社会や生活の中で、とても重要な役割を果たしているんです。
まず、哲学は「物事を正しく考えるための土台」を作ってくれます。
例えば、みなさんは「批判的思考」という言葉を聞いたことがありますか?
これは「何でも疑ってかかる」という意味ではなく、「物事を多角的に検討して、適切に判断する」という意味です。
SNSでデマや誤情報が広がりやすい今の時代、この力はとても大切ですよね。
この批判的思考の基礎となっているのが、実は哲学的な考え方なんです。
次に、哲学は「新しい考え方や概念」を生み出す力を持っています。
例えば「人権」という考え方。
今では「すべての人には生まれながらに基本的な権利がある」というのは当たり前になっていますよね。
でも、これは哲学者たちが長い時間をかけて考え、広めてきた概念なんです。
昔は「身分の高い人には権利があるけど、低い人にはない」というのが当たり前でした。
それを「すべての人に平等な権利がある」という考え方に変えていったのは、まさに哲学の力だったんです。
さらに、哲学は「新しい問題への対処方法」も教えてくれます。
例えば今、人工知能(AI)が急速に発達していますよね。
「AIに仕事を奪われないか」「AIと人間はどう付き合っていけばいいのか」など、新しい問題が次々と出てきています。
こういった前例のない問題に対して、哲学は「人間とは何か」「技術と人間の関係はどうあるべきか」といった根本的な視点から考えるヒントを与えてくれるんです。
他にも、環境問題や生命倫理の問題など、現代社会には「これが正解!」とすぐには言えない難しい問題がたくさんあります。
そんな時に、哲学的な考え方は問題の本質を見抜き、より良い解決策を見つけるための道具となってくれます。
哲学の本を読むと抽象概念レベルで考え抜ける
■ 「アナロジー思考」
具体性の高い、いわゆるハウツー本ばかりを読んでいては「抽象化能力を上げる」という観点に限れば効果がまったくない。
抽象概念を扱うことは、いわゆる「難しい」本、つまり抽象度の高い言葉で書かれた本を読み、そこでいかに自分の身の回りの経験と結びつけて抽象概念レベルで考え抜けるかということが問われる。
数学や哲学の本を読むのはこうした位置付けでも有効である。
具体的かつ直接役に立つものばかり触れているというのは、消化のよいものばかりを口にしていると自ら咀嚼したり消化したりする能力が衰えていくのと同様である。
その点において「わかりやすい本」というのは曲者である。
要するに「わかりやすい」とは読者側が何も考えなくても理解が可能であることを意味するからだ。
経営哲学とは?経営哲学の必要性を経営者が感じる時って?
(パート4)
うーむ・・・
どっ・・・、どーでしょう???
んでもって・・・
例えばこんな視点からも、念のために一応考えてみるのはどーでしょう?
( ´ ▽ ` )ノ
経営哲学とは?
○ ウィキペディア
経営哲学とは経営学用語の一つ。
企業が経営される場合において経営者自らが示している、それをどのような目的でどのような形式で行っていくかという独自の概念である。
また経営とはどのようなものであるかという著名人によって示されている独自の概念のことも経営哲学ということがある。
○ コトバンク
企業の創設者および経営者が、その企業経営にもっている基本的考え方。
企業理念、経営信条、経営哲学などといわれることもある。
それは、企業の社会的な役割についての信念として表現されることもあり、企業内の管理・運営についての考え方として表現される場合もある。
今日の社会における典型的な指導階層の一角をになう経営者が、どのような企業理念、経営者哲学、倫理・道徳観をもっているのか、それは時代の推移とともにどう変化してきたか、また今後どのように変化する可能性があるのかなどを考察し、それらがいかなる条件・状況下に適合するかということを示そうとするもの。
哲学とは?
○ コトバンク
philosophyの訳語。
ギリシャ語のphilosophiaに由来し、「sophia(智)をphilein(愛する)」という意。
とらわれない目で事物を広く深く見るとともに、それを自己自身の問題として究極まで求めようとするもの。
自分自身の経験などから作りあげた人生観・世界観。
物事に対する基本的な考え方。
理念。
○ Weblio辞書
哲学とは、人間の存在や宇宙、道徳、知識、真理などについて深く考察する学問である。
哲学は、論理的思考や批判的思考を養うための手段ともされている。
また、哲学的思考は日常生活においても、自己理解や意思決定、問題解決の手助けとなる。
○ ウィキペディア
哲学は、一般的で基本的な問いを立てながらおこなう知的実践である。
「哲学」という言葉自体は西周による西洋語由来の和製漢語であり、中国において用いられていた「希哲学」に淵源をたどることができる。
また、その翻訳元となった英語「フィロソフィー」などは、古典ギリシア語で「知を愛する」といった意味を持つ「フィロソフィア」に由来する。
哲学の実践には、複数の一般的特徴、すなわち、理性的な探究の一形態であること、体系的であることを目指すこと、そしてそれ自体の方法と仮定を批判的に考える傾向があるとされる。
加えて、人間の条件の中心をなす、挑戦的で、厄介かつ、忍耐を必要とする問題に対する、注意深い熟考が求められる。
知恵を追求する哲学的探究は、一般的で基本的な問いを立てることを伴う。
このような営みは必ずしも単純な答えを導くわけではないが、特定の物事についての理解を深めたり、自らの人生を吟味したり、混乱を晴らしたり、自らを騙している先入観に基づく偏見を克服することの助けになる。
日本語の「哲学」は、俗に、経験などから築き上げた人生観・世界観、また、全体を貫く基本的な考え方・思想などを意味することもある。
経営哲学とは?経営哲学の必要性を経営者が感じる時って?
(パート5)
うーむ・・・
どっ・・・、どーでしょう???
他にも、例えば・・・





などなども含めると、いろんな意味で考えさせられちゃいません? (^^)
ふーむ・・・、こーやって考えてみると・・・
まだ見えていないだけで・・・
意外なところにヒントがいっぱい溢れている
おお~っ ━━━━ヽ(゜Д゜)ノ━━━━ 見っけ~♪
のかも~???
なーんて、感じません?
(〃▽〃)
どっ・・・、どうでしょう???
皆さまは、どう思われますか?






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