「多国籍企業、国際企業、グローバル企業の定義や違いって何だろ~? ( ̄○ ̄;) 」
「多国籍企業、国際企業、グローバル企業って何がどう違うんだろ~? ( ̄▽ ̄;) 」
「国際企業やグローバル企業で働こうと思ったら、グローバル人材にならないと働けないのかな~? (;´д`) 」
「グローバル人材じゃないと働けないとしたら、国際企業やグローバル企業って言うぐらいだから社内の公用語もきっと英語だろーし、やっぱり英語がペラペラになる必要があるってコトなのかな~? (o´д`o)=3 」
「多国籍企業だといろんな国籍の人が働いているってイメージがナントナークあるんだけど、国際企業やグローバル企業についてはどーもピンと来ないんだけど・・・? (´Д`lll)」
「それとも、働いている人の国籍とか社内の公用語が何なのかとかに関係なく、世界規模でビジネスをやっている企業なら多国籍企業、国際企業、グローバル企業のどれかに該当する企業ってコトなのかな~? ( ̄∧ ̄ ) 」
「日本企業でも、多国籍企業とか国際企業とかグローバル企業とかに該当する企業ってあるのかな~? ( ゜Д゜) 」
「もしあるのなら、どんな日本企業が多国籍企業とか国際企業とかグローバル企業に該当するんだろ~?やっぱ大企業とか知名度がある企業とかなのかな~? (; ̄Д ̄) 」
「ってゆーか、そもそもの話、多国籍企業か国際企業かグローバル企業かの定義や違いって、ちゃんと決まっているのかな~? ( ̄ー ̄?)」
「なーんか多国籍企業も国際企業もグローバル企業も、ごちゃ混ぜに使われているような気がするんだけど・・・? ヽ(;▽;)ノ 」
などなど、このような疑問の声をお聞きすることもあるんですが・・・
( ´・ω・`)
「三方よしの経営相談」、「組織人事戦略(戦略的な組織づくり)」、「人材育成戦略(戦略的な人材育成)」、「中小企業の経営に役立つ情報活用支援」などなどのお手伝いを行なっているからなのか・・・
「外国人との日本語コミュニケーション」のお手伝いを行なっているからなのか・・・
日本語教師の経験や海外赴任の経験があるからなのか・・・
こーゆー疑問って意外と大事
なんじゃーないかな~???
(`・ω・´)
なーんて感じることもあるのと、それにコレってもしかしたら・・・







などなどにも、ある意味関係するっちゃーする面もあるのかも~???
なーんて感じるコトもあるので、一緒に考えてみません? (^^)
あ、モチロン、「自律的に」という意味で。
ちょっと興味あるかも~?
って言ってくださる方は、お付き合いいただけると嬉しいです。
(^^)/
多国籍企業、国際企業、グローバル企業の定義や違いとは?
(パート1)
んーと、もしかしたら・・・








なんかにもある意味関係するかもしれないので・・・
多国籍企業、国際企業、グローバル企業の定義や違いなどについて、例えばこんなのからまずは考えてみるのはどーでしょう?
(。・ω・)b
例えば以下ので比較するとしたら、どれが多国籍企業、国際企業、グローバル企業で、どれが多国籍企業、国際企業、グローバル企業ではないとか、どれも多国籍企業、国際企業、グローバル企業ではないとかって感じるでしょーか?
( ̄∀ ̄)
- 世界中の国に製品やサービスを提供している企業
- アジアに限定して複数の国に製品やサービスを提供している企業
- ヨーロッパに限定して複数の国に製品やサービスを提供している企業
- アフリカに限定して複数の国に製品やサービスを提供している企業
- 日本以外の世界中の国に製品やサービスを提供している企業
- 製品やサービスの提供がストップすると世界中の企業に影響が出る企業
- 製品やサービスの提供がストップしても世界中の企業に影響が出ない企業
- 日本で知名度のある企業
- 日本で知名度のない企業
- グローバル人材が働いている企業
- グローバル人材が働いていない企業
- 外国人が1人だけ働いている企業
- 外国人が2人以上働いている企業
- 社内の公用語が英語の企業
- 社内の公用語が本社がある国の母国語(母語)を採用している企業
- 社内の公用語は、国籍に関係なくそれぞれの国の母国語(母語)を採用している企業
- 日常会話はそれぞれの国の母国語(母語)を使用しているが、それぞれの国にとっての外国人とコミュニケーションを図る時のみ英語を使う企業
- 日常会話はそれぞれの国の母国語(母語)を使用しているが、会議の時は英語を使う企業
- 意思決定が早い企業
- 意思決定が遅い企業
- 新卒一括の人材採用を行っている企業
- 新卒一括の人材採用を行っていない企業
- 上司が部下の年下の企業
- 上司が部下の年上の企業
- 年齢に関係のない人事評価を行っていて、上司が部下の年上になる場合もあれば、上司が部下の年下になる場合もある企業
- 残業や休日出勤があるのが当たり前になっている企業
- 残業や休日出勤がないのが当たり前になっている企業
- 病気で欠勤する際に有休を使わざるを得ない企業
- 病気で欠勤する際に有休を使う必要がない企業
- 有休が100%取得できる企業
- 有休が100%取得できない企業
- ワークライフバランスに関する取り組みを行っている企業
- ワークライフバランスに関する取り組みを行っていない企業
- 本社は日本国内にあるが、海外に複数の拠点がある企業
- 本社が海外にあり、日本を含む複数の国に拠点がある企業
- 経営者は日本国籍の人だけで、従業員は複数の国籍の人の企業
- 経営者は外国籍の人だけだけで、従業員は日本国籍の人だけの企業
- 経営者も従業員も日本国籍の人と外国籍の人が混在している企業
- リストラを頻繁に行う企業
- リストラを行わない企業
- 人権デューデリジェンスに配慮した経営を行っている企業
- 人権デューデリジェンスに配慮した経営を行っていない企業
多国籍企業、国際企業、グローバル企業の定義や違いとは?
(パート2)
うーむ・・・
どっ・・・、どーでしょう???
「えーと・・・、アレに関しては、多国籍企業、国際企業、グローバル企業の定義や違いなんかとも関係しそーに感じるかも・・・!? ( ̄◇ ̄;) 」
「でも、コレに関しては、多国籍企業、国際企業、グローバル企業の定義や違いと関係しなさそーに感じちゃうかも・・・!? (;´д`) 」
という方も、いらっしゃれば・・・
「うーん・・・、多国籍企業、国際企業、グローバル企業の定義や違いもよくわからないけど、グローバル人材の意味や定義もよくわからないかも・・・!? \( ̄▽ ̄;)/ 」
「多国籍企業、国際企業、グローバル企業の定義や違いがどーのって以前の話で、日本企業の定義ですらよくわかっていなかったのかも・・・!? ( ゜Д゜) 」
という方も、いらっしゃれば・・・
「多国籍企業だといろんな国籍の人が働いているってイメージがナントナークあったんだけど、国際企業やグローバル企業との違いがやっぱりよくわからないかも・・・!? o( ̄_ ̄|||)o 」
「こーやって改めて考えてみると、多国籍企業か国際企業かグローバル企業かの定義や違いって、会社の規模とか知名度とかと関係しているよーな、実はあまり関係していないよーな・・・??? ( ̄ー ̄?)」
という方も、いらっしゃれば・・・
「少なくとも日本企業の多くが採用している人事制度に関しては、多国籍企業とも国際企業ともグローバル企業ともそぐわないような気がするかも・・・!?(;・∀・)」
「人材採用に関しては新卒一括採用の企業が多そうだし、人事評価に関しても何だかんだ言っても年功序列や終身雇用がベースだし・・・ (´Д`lll)」
という方も、いらっしゃれば・・・
「多国籍企業、国際企業、グローバル企業の定義や違い以前の問題で、国際化とグローバル化の意味や違いですらよくわかっていないかも・・・!? w( ̄△ ̄)w 」
「多国籍企業、国際企業、グローバル企業の定義や違いに関してピンと来ないのって、日本人がそれだけガラパゴス化しちゃっているってコトなのかな~??? (|||▽ ) 」
という方も、いらっしゃれば・・・
「ナルホド・・・、多国籍企業、国際企業、グローバル企業の定義や違いについて、ほんのちょっぴりわかった気がするかも・・・ ヽ(´ー`)ノ 」
「あ、なーんだー、多国籍企業、国際企業、グローバル企業の定義や違いって、そーゆーコトだったんだ~ (〃▽〃) 」
という方も、いらっしゃれば・・・
「わかったよーなわからんよーな・・・ ( ̄д ̄;) 」
「頭がウニ状態じゃー!よくわからーん! \(  ̄曲 ̄)/ 」
という方も、いらっしゃるんじゃーないでしょうか?
で・・・
多国籍企業、国際企業、グローバル企業の定義や違いなどについて、例えばこんな視点からも考えてみるのはどーでしょう?
(о ̄∇ ̄)/
多国籍企業、国際企業、グローバル企業とは何か?
■ 「グローバリズムという病」
ここ数年の間に、最も頻繁に使われた言葉は「グローバル」だろう。
「グローバリズム」
「グローバル人材」
「グローバル戦略」
こんな単語が、毎日のように語られている。
時代はまさにグローバリズム一色というわけだ。
ところが、グローバルな人間とはどうういうものなのか。
グローバル化する世界とはどのような世界なのか。
グローバルに生きるとはどういった生活を意味するのかといった問いに対して、グローバル人材の要を唱える人々は何も答えてくれない。
答えがあったとしても、それは根拠の薄弱な希望であったり、これ以上は間違いようがないほどに、頓珍漢なものだったりする。
たとえば、具体的なグローバルの条件とはTOEFL(英語検定)で何点以上とれるなんていうことであったり、グローバル教育とは小学校の必須科目に英語を入れることになんていう、英語コンプレックスを裏返したようなわかりやすくも悲しい認識がまかり通っている。
あるビジネスマンは、会社におけるグローバル戦略を語り、会社の中でも英語でしゃべり、英語で会議をすると宣言する。
あるものは、「バスに乗り遅れるな」「待ったなしだ」と煽りをいれる。
ところが、彼はグローバリズムとは何かということに関しては、あまり深く考えることもなく、「世界に伍して闘う」ためには、英語が必要であると説く。
「今や、英語ぐらいできないと世界に乗り遅れる」とか、「グローバル化に対応して日本も鎖国的な状況から脱しないといけない」とか、「このままでは、日本は世界に取り残されてしまう」とは言うが、そこに「乗る」ことのメリットとデメリットとは何なのか、そもそもグローバリズムとは何であるのかについての議論はほとんどなされていない。
確かに、世界はグローバル化してきているが、それは何か世界の構造が変わったわけでもない。
大航海の時代の昔から、いやそれ以前から遍歴する商人たちは国境を越えて商売の種を探し求めていた。
ビジネスや情報が国境を跨いで交流するということそれ自体は、自然過程に過ぎない。
それをことさら「グローバル時代」というのは、そこに何か特別の意味を付与したいからだろう。
グローバル化を喧伝すりものが言うように、このグローバル化に乗り遅れた企業は、やがて淘汰されることになるだろうか。
このグローバル化に棹さす政策を進めない国家はやがて没落するのだろうか。
これはずいぶん乱暴で怪しい見方だと思っている。
時代の変化は激しいが、その中で流行のように動くものと、時代を跨いで行き続けていく普遍的なものをもう少し丁寧腑分けして考えていく必要があると思う。
「バスに乗り遅れるな」とか、「待ったなしだ」という煽動は、いつの時代にもあった。
後で考えれば、そんな口車に乗せられて、あのときなんであんなことをしたのだろうという経験は誰にでもあるはずである。
世界はずっとグローバル化の方へ向かって進んできた。
今ことさらにグローバリズムだ、グローバル化だと騒ぎ立てることの意味を分析すべきだろう。
会議を英語で行い、英語のメールでやり取りする。
多国籍企業が共通言語として英語を採用するというのは、企業同士のコミュニケーションのコストを削減するという意味でも、合理的な判断であるといえる。
しかし、企業経営者が、英語が使えなければ有能なビジネスマンにはなれないと考えているとすれば、その企業で働くものにとっては言語搾取以外のなにものでもないだろう。
英語は、現在のところは世界で最も広域で流通する言語であることは否定しようもないが、だからと言って自分たちの母語以上に重要なものだとは言えないだろう。
英語でぺらぺらとコミュニケーションできる人材が、企業にとって必要であり、それを要請することが企業にとって重要なことだと考えることは、企業経営者の自由である。
しかし、英語使いを優遇するあまり、有能な母語使用者が損なわれるとすれば、それは企業にとっても損失となるだろう。
多国籍企業、国際企業、グローバル企業の定義や違いと、グローバル信仰との関係とは?
■ 「どうする? 日本企業」
このままでは日本人の数が減っていくことは間違いありません。
このような認識が広まるにつれで、一種のグローバル信仰が急速な広がりを見せています。
「国内の市場は縮む一方だから、事業をグローバルに展開しない限り、日本企業に明日はない」というわけです。
この手の議論に理はあるのでしょうか。
もちろん、主力事業を海外に展開する国際化は経営戦略の有力な選択肢ですから、それを頭から否定するつもりはありません。
問題としているのは、「何のために?」という動機の部分です。
「国内は成長の余力がない。ゆえに新興国に打って出る」という立論は、理に適っているように見えますが、実は日本企業の自己都合に過ぎません。
「侵攻」される側の視点が入っていないため、どう見ても動機が正しくないのです。
新興国の側から事態を眺めてみるとどう映るのでしょうか。
日本は外国企業に門戸を開く一方で、あの手この手を繰り出して自国企業の防衛に努めました。
そして、望外の成功を収めています。
実際に調べてみると、日本に来て期待どおりの成果をあげた外国企業など、数えるほどもないのです。
自らが新興国であったときには外国企業の「侵攻」を見事に阻止して自国企業を守り抜いた国が、次は外国に「侵攻」して成長を続けようと目論むのは、いくら何でも身勝手過ぎると思いませんか。
そもそも、そこまで虫がいい目論見を新興国がすんなり許してくれるのでしょうか。
海の向こうの「桃源郷」に甘い期待を寄せる前に、現実を見つめなおしてみませんか。
多国籍企業、国際企業、グローバル企業と制度や考え方
■ 「未来の働き方を考えよう」
「グローバリゼーション = 世界がつながること」は、より大きな意味で、私たちの働き方に根本的な影響を与えます。
グローバリゼーションによって世界がつながり始めると、他国にはない制度や考え方を、一国内だけで維持することが難しくなります。
貿易の自由化がモノの価格を国際的に平準化したように、制度や考え方も世界で統一(平準化)されていくからです。
たとえば、女性が車を運転することや、男女が同じ部屋で働くことを禁ずる国がありますが、グローバリゼーションが進めば、こういったルールを維持することは極めて難しくなるでしょう。
日本にとっても他人事ではありません。
さらにグローバリゼーションが進めば、仕事が行われる場所も、世界規模で再配置されます。
これまで仕事の再配置が行われたのは、工場での組み立て作業が中心でした。
しかし今後はホワイトカラーの仕事も、先進国から新興国へ移動します。
グローバルなクラウド環境が利用可能になれば、私たちが働く場所と住む場所は、完全に分離できるかもしれません。
その最も楽しい想像は、美しいビーチの水上コテージで暮らしながら、東京にいるのと同じ仕事をする未来です。
しかし残念ながら、全く反対の未来もあり得ます。
日本向けの仕事をする人であっても、必ずしも人件費や生活費の高い日本に住まわせる必要はないと、考える企業が出てくるからです。
本人の意向にかかわらず
「この仕事は、ネットでやりとりでき、たまに出張すればこなせるはず」
「ついては部門全体をフィリピンの子会社に移すので、みなさんには、そちらで働いてもらいます」
と言い出す企業が出てくるかもしれません。
そうなれば日本の最低賃金も適用されないし、年金や健康保険の企業負担も不要になります。
給与だけは日本と同じ額を払ったとしても、法人税や消費税、オフィスの光熱費から家賃まで、ビジネスのインフラコストは日本よりかなり安くなります。
そうなれば、経理や総務などの管理部門、大半の仕事を電話で行うカスタマーサポート部門やプログラムのバグとりをするような仕事を、いつまでも日本においておく必要があるでしょうか?
多国籍企業、国際企業、グローバル企業とグローバル化の関係とは?
■ 「ワーク・シフト」
テクノロジーが進化し、グローバル化が進んだおかげで、コンピュータの操作一つで膨大な商品やサービスの質と価格を比較し、自分の好みのものを選んで買うことが当たり前になった。
もっと好ましい商品やサービスを簡単に見つけ、すぐに乗り換えられる。
消費者の行動の変化は、すでに経済のあり方に大きな影響を及ぼしはじめている。
市場で生き残るために、企業は商品やサービスの質をたえず改善し、コストを徹底して削減し、新たな企業買収の機会に抜け目なく目を光らせ、休みなくイノベーションを推し進めて、市場に送り出す商品やサービスを刷新し続けなくてはならなくなった。
その努力をおこたれば、消費者はあっさりほかの企業やブランドに乗り換えてしまう。
このような時代が訪れたことは、働き方の未来に対してきわめて重い意味を持つ。
ビジネスの世界で競争が激化する結果、雇用は新興国など、賃金の安い国にますます流出する。
私たちは、地球の裏側にいる無数の人々と仕事を奪い合うようになるのだ。
未来には、世界中で人々の寿命が延び、生産的な活動に携わる高齢者が増える。
2025年には、65歳以上の人が世界の人口の10%を占めるようになる。
世界の平均余命も、73歳に延びる。
国民の平均寿命が50歳に満たない国は存在しなくなるだろう。
75歳をはるかに超えても健康を保っていて、働き続けたい人も多くいるはずだ。
知的な刺激を得るため、健康な肉体を保つため、人とのつながりを絶やさないために働きたい人もいるだろう。
しかし現実には、生活資金を得るために働かざるを得ない60歳以上の人がきわめて多いはずだ。
2025年までに、アメリカと多くのヨーロッパ諸国、日本では、ベビーブーム世代の大半が一線を退く。
この世代以降は、年金だけでは老後の生活を支えられない人が増えるだろう。
1950年代に現在の企業年金の仕組みが設計された当時に想定されていたのは、20歳で就職し、同じ会社でずっと働き続け、65歳で退職し、5年か、長くてもせいぜい10年間の引退生活を送って70~75歳で死ぬという人生だった。
このシナリオどおりであれば、勤務先の会社の企業年金制度を利用して45年間にわたり継続して年金を拠出し続けたのち、10年間だけ給付を受けることになる。
しかも、1950~2000年は経済環境が比較的安定していたので、年金の拠出金を運用すれば、先進国では年4%程度の利回りでお金が増えることが期待できた。
未来の世界では、こうした前提が崩れる。
なにより、一つの企業で生涯勤め上げる人が減る。
そもそも、同じ会社に5年以上勤める人が珍しくなるだろう。
そうなれば、勤務先の会社の企業年金制度を利用して継続的に年金拠出を続ける人も減る可能性が高い。
それに、せっかくコツコツと年金を蓄えても、好景気と不景気の波にもまれて運用損を出し、資金が大きく減りかねない。
未来の世界で大きな問題になるのは、65歳以上の人がどの程度働いて収入を得られるのかという点だ。
高齢者を労働力として受け入れることに、企業は腰が引けている。
では将来、65歳以上の人たちはどういう職に就くのか。
いずれにせよ、人口統計上の趨勢からはっきり言えるのは、2025年の世界では65歳以上の人口がかつてなく増え、この年齢層がますます働き続けようとするということだ。
私たちの働き方の未来を形づくる要因はすべて、暗い未来を生み出す可能性がある半面、明るい未来を生み出す可能性も秘めている。
ピンチは常にチャンスと表裏一体の関係にある。
テクノロジーが進化すれば、世界の50億もの人々がインターネットを通じて結びつき、みんなで力を合わせて難しい課題に取り組む時代がやって来る可能性もある。
新しいテクノロジーのおかげで、地球上のすべての子どもが人類の叡智に触れられるようになる可能性もある。
グローバル化がさらに進めば、世界が一体になってイノベーションに取り組んだり、低コストでイノベーションを成し遂げる方法を途上国が先進国に教えたりする時代が到来するかもしれない。
インターネットのおかげで世界の人々が互いを深く理解し、ほかの国や地域の状況に感情移入しやすくなるという明るい側面もある。
要するに、グローバル思考が生まれるのだ。
2025年の世界では、共感の精神に目覚めて、社会貢献のために自分の時間を捧げようとする人が何百人も現れる。
貧しい国の人々を助けたいと考える人もいるだろうし、オンライン上に学習素材を公開する活動に自分の時間と専門技能を生かそうとする人もいるだろう。
世界の人々を教え導いたり、相談に乗ったりする活動に取り組む人や、特定のテーマで政府や企業の行動を変えさせるためのロビー活動に打ち込む人もいるだろう。
ひとことで言えば、人々の共感の精神が強まり、家族や身近な人たちだけでなく、国籍や文化が異なり、一度も会ったことがない人たちの力になろうとする人が増える。
愛情と仲間意識と社交性と共感が人間の基本的な性質になっていくのだ。
つまり、私たちがどういう行動を取れば、どういう未来が訪れるかというシナリオを複数パターン描き出すことは可能だ。
グローバル人材を欲しがる日本企業と、多国籍企業、国際企業、グローバル企業の定義や違いとの関係とは?
■ 「採用基準」
最近よく聞くグローバル人材という言葉。
これを聞くたびに、絶望的な気持ちになります。
グローバル人材を欲しがる日本企業は、今の日本におけるリーダーの不在を深刻な問題とは捉えていないように思えます。
彼らが問題だと思っているのは「商品が、日本では売れなくなった」ということだけです。
だから「外国語ができて、海外でも、日本と同じようにモノをつくったり売ったりできるグローバル人材が必要だ」と考えているのでしょう。
あるのは「日本市場が小さくなってきたから、海外へ出よう」という領域の変化に関する問題意識だけです。
本当に今の日本、そして日本企業に必要なのは、「外国語が話せ、海外でも自分たちで開発、営業、マーケティングなど、従来の事業オペレーションを粛々とこなせる人材」なのでしょうか?
日本に足りないのはリーダーシップであると同時に、「リーダーシップに関する、重要性や必要性の認識」です。
そしてそのことを如実に表しているのが、昨今の「グローバル人材」という流行り言葉なのです。
リーダーシップを発揮する環境がグローバルになれば、解決できる問題の範囲も一気に広がります。
加えて、グローバルにリーダーシップを発揮すると、一緒に働く人も多様になります。
自分とは異なる価値観をもつ人から学べることは多く、今まで知らなかった世界が目の前に出現します。
リーダーシップをとることで、世界が広がっていくのです。
マネージャーとリーダーの定義や違いと、多国籍企業、国際企業、グローバル企業の関係とは?
■ 「まず、ルールを破れ」
アメリカの組織における「マネージャー」は、日本における「課長」に対応する言葉ではない。
IT化だ、グローバル化だ、国際標準だという議論を待つまでもなく、すでに「おれは課長だ」と言って権威を誇示し、「何とかなる」と高をくくっている課長は排斥され、本物のマネージャーでなければ会社組織で生き残れなくなる時代が到達している。
文字どおり本物のマネージャーが求められている。
それはアメリカだろうと、日本だろうと同じだろう。
すぐれたマネージャーは、リーダーに昇進するのを待っているミニ役員ではない。
ひどいマネージャーのもとで仕事するよりも、優秀なマネージャーのもとで働く方がはるかに快適だ。
マネージャーとの関係が壊れている場合には、社内でマッサージや会社が代わりにしてくれるサービスがどれだけ充実していても、その会社にとどまって仕事をする気にはなれない。
すぐれたマネージャーと優秀なリーダーのあいだに存在する最も重要な違いは、その関心を集中させている対象だ。
すぐれたマネージャーは「内側に」目を向ける。
会社の内部を見る。
個人一人ひとりの目標や仕事のスタイル、必要性、そしてやる気の違いに目を向ける。
些細な違いを理解することによって、一人ひとりがその独自の才能をパフォーマンスに反映させられる正しい方向性を見出すことにつながるからだ。
マネージャーとしての仕事は、才能を教えることではない。
個人が持っている才能をその仕事とうまくつなげることによって、「才能がある」と称賛される力になることだ。
優秀なリーダーは、これとは反対に「外側に」目を向ける。
競争の状況を見つめ、将来や前進のための新たな道筋に目を向ける。
リーダーは明確なビジョンを持っていなければならず、戦略的な考えを展開し、組織の活性化を図ることが必要だ。
日本の制度と多国籍企業、国際企業、グローバル企業の関係とは?
■ 「新・日本の経営」
日本は地理的な条件、言葉、文化といった点で、そもそも壁ができている。
日本はあらゆる面で「島国」なのであり、大陸国家とは性格が違う。
日本の制度は、いかに優秀な人でも、将来性がある人でも、外国人を探し引きつけるようにはできていない。
もちろん、ときおりの訪問ならある。
特別講義やセミナーならある。
外国で行われる研究プロジェクトに資金を提供するのなら、たぶん問題はない。
だが、これらがどのような形で行われても、日本にとって不可欠な点、世界への深い関与は達成できない。
企業経営の場ですら、経営幹部を日本に招聘するのは簡単ではない。
そして、日本に長期にわたって滞在し、日本国籍を取得することなど、考えもしないのがふつうのようだ。
日本の研究開発がぶつかっている問題のうちかなりの部分は、ここに起因している。
「真のグローバル化」を実現させている多国籍企業は世界中見渡しても9社しかない
■ 真に「グローバル」な企業は、日本に3社しかない
そもそもグローバル企業って何なのでしょうか。
色々な定義があると思いますが、真にグローバルな企業の条件の1つは、
「世界で通用する強みがあり、それを生かして世界中でまんべんなく商売ができている」
ことではないでしょうか。
では仮に、世界中でうまく商売できている企業、すなわち「世界中からまんべんなく売り上げを得ている企業」を「真にグローバルな企業」としましょう。
このような企業はどのくらいあるのでしょうか。
米インディアナ大学の教授が発表した結果は興味深いものでした。
真のグローバル企業は9社だけ。
さらにこの45社のうちで、ホーム外の2地域(フランス企業なら、北米とアジア太平洋)の両方からそれぞれ2割以上の売り上げシェアを実現できている企業、すなわち「世界の主要三地域で、まんべんなく売り上げている企業」は、9社しか存在しない。
この発見は、経営学者たちにとっては衝撃的なものでした。
なぜかというと、それまでの主要な国際経営理論では、「企業がグローバル化する」とは「企業が自国以外の国でビジネスをする」という単純な概念だったからです。
たとえば、あるフランス企業が優れた技術やブランドをもっていれば、もちろん現地への適応は必要とはいえ、その強みを使って米国でも、アジアでも、どの国・地域からも売り上げを増やせるだろう、と予測できました。
しかし現実には、そのような「真のグローバル化」を実現させている多国籍企業は、世界中見渡しても9社しかなかったのです。
多国籍企業が国境を越えてビジネスを展開するようになると、そのサプライチェーン全般において各国で雇用する人々の人権を守る責任がある
■ 未払い賃金を負担するのは世界の常識だ
大手資本の多国籍企業が、国境を越えてビジネスを展開するようになると、そのサプライチェーン全般において各国で雇用する人々の人権を守る責任がある。
例えば、東南アジアの工場と直接的な資本関係がなくても、力関係で圧倒的に有利な立場で取引をする以上、その国の労働者の人権に関してもそれなりの責任がある。
一昔前のように、海外の工場に委託しているのでわれわれには関係ない、という態度はとれなくなってきていることを意味している。
これにより、国際的な企業と東南アジアの委託工場の関係に対する監視の目が厳しくなってきた。
国際人権問題の専門家はこう指摘する。
「欧米企業は、東南アジアにあるILO(国際労働機関)の事務所などと連携して、下請けの工場の労働環境の改善に上手に取り組んでいます」
「最近、欧米の機関投資家の注目は、今までのようにP/L(損益計算書)よりも『Sustainableなのかどうか』、つまり持続可能なビジネスモデルなのか、という点に移ってきています」
「発展途上国の人材や資源を使いつくすような企業からは投資を引き上げるという傾向も顕著になってきました」
これが、世界的な潮目である。
グローバル企業の広告には、ある共通点がある
■ グローバルに活躍している企業の広告には、ある共通点がある
日本の企業広告を見ていると、自社商品をアピールするものが多い。
「目先の利益を追いかけなければいけない」といった理由があるのだろうが、本当にそれでいいのか。
人間の幸せや社会の課題にどのように貢献できるのか。
そうしたことに取り組んだ結果、利益を得ている企業が増えてきました。
グローバル企業は、課題を解決するために、何らかの行動をしています。
一方、日本の企業は「CSR」を社会貢献として取り組んでいるケースが多く、欧米における「社会問題の解決に役立つ商品やサービスを作る(時に利益の最大化を犠牲にしてでも)」という概念とは異なります。
もちろん日本の企業すべてがそうではありませんが、海外のグローバル企業に比べて規模・方向性ともに違いがありますね。
自社商品をアピールばかりしても「企業価値」はなかなか感じてもらえません。
グローバルに展開するから「グローバル用に作る」というのではなく、まず企業のアイデンティティという基盤を作ってから、海外に進出することが大切なのではないでしょうか。
日本で誤解されているグローバル人材の意味と、多国籍企業、国際企業、グローバル企業の定義や違いとの関係とは?
■ 日本で全く育成できていない「真のグローバル人材」とは
グローバル人材論の類には、違和感を持たざるを得ない。
それは、突き詰めると「日本企業の『グローバル化』を成功させるためにどのような人材が必要か」という議論に終始しているからだ。
日本では「グローバル人材」の意味が誤解されている。
それは、従来からの日本の国際化に資する人材と、なにも変わらない人材像が想定されているからである。
日本企業の人事制度と多国籍企業、国際企業、グローバル企業への対応
■ 人事・組織のグローバル化対応
日本企業の多くは、「職能型」と呼ばれる人事制度を採用している。
一方、日本以外の国では、「職務型」と言われる人事制度が主流である。
人事領域のグローバル化を進めていくにあたり、グローバル標準である職務をベースとした人事制度に合わせた方が、合理的・効率的であることは言うまでもない。
職務をベースとした人事制度がグローバル標準になってきた背景には、人種・性別・年齢による差別の撤廃という命題に、客観性・説明性が高い職務型の人事制度が合っていたこともあるが、グローバル化の中で、このような要素はますます重要となろう。
また、日本で主流の「人・能力」をベースとした制度は、曖昧で属人的要素が入りやすく、高度成長や儒教の影響といった背景があった当時の日本にはマッチしたが、それも今や当てはまらない。
それではなぜ、未だに多くの日本企業がグローバル標準の制度に変えないのであろうか。
実は、多くの日本企業の人事制度が、制度疲労を起こしていたにも関わらず、そのまま運用を続けたため、大きなひずみを抱えている。
制度疲労を放置した「ツケ」があまりに大きいと、課題も大きくなり、企業に二の足を踏ませる要因となっているのである。
終身雇用制と多国籍企業、国際企業、グローバル企業の関係とは?
■ 終身雇用制は、自社のことしか知らない人材を多数つくりだす
終身雇用制は、自社のことしか知らない人材を多数つくりだす。
こうした人たちが、自社でしか通用しない仕事のやり方を次々と生み出してきた。
日本企業があらゆることにおいて自社独自の仕様にこだわるのは、ここに原因がある。
海外では、人材が流動的であるため、業界標準のやり方が重視される。
それによって様々な企業から集まってくる人たちが協力し合って動けるのだ。
それが、グローバルな連携や、他企業との協業、M&Aをも容易にしている。
日本企業は顧客に密着して、徹底的にカスタマイズすることを得意とするが、一方で、業界スタンダードを獲得することの重要性を、本質的には理解できていない。
また、日本の常識しか見えない人をつくることで、新興国のビジネスに乗り遅れてしまった。
独自仕様の追求はコスト高につながり、いまでは、頼りの国内ですら利益をあげることが難しくなってきている。
我々は雇用慣行をも壊すべき時期に来ているといえよう。
終身雇用制を変えることは不可能ではない。
なぜなら、日本においても外資系企業や中小企業の多くでは人の出入りが活発で、外部から来た人材が即戦力になっているからだ。
いま、終身雇用により守られてきた既得権意識を捨てる日が来ている。
人事慣行に関していえば、日本は中国以上に共産主義的だ。
いま果たしている役割や貢献よりも、平等さや既得権の方が意味を持つ。
その結果、大きな失敗でもしない限り、いまのポジションに居続けることができる。
言い換えれば、誰もリスクを取ろうとはしなくなるのだ。
新しい環境に適応するために、リスクテイクがますます必要になっていく一方で、終身雇用制はそれを妨げる。
企業の人材採用と多国籍企業、国際企業、グローバル企業の関係とは?
■ 今なお日本社会に巣くう「同期」という病魔
「同期」あるいは「同期意識」の思想は、日本社会固有の共同体的集団主義を基盤とした「派閥意識」といってもよいだろう。
同期意識は日本企業の経済復興期、高度経済成長期には、日本的な集団主義の中核的な要素として大きな役割を果たしてきた。
しかしそれは、自分が出世コースからはずれても、同期のトップグループが出世すれば救済してくれるという意識を醸成することになり、企業内に派閥を形成する元凶になるばかりか、会社全体の社員のモラール(勤労意欲)をもそぐことになる。
欧米の企業の人材採用は新卒一括採用方式ではなく、ポストに空きができた場合に、必要な人材を採用するという能力主義だ。
新卒の大学生といえども、その職務に適合した実力がないと採用されることはない。
この背景には、欧米の企業は日本のように、企業を経営者と社員の運命共同体として捉えていないことがある。
トーナメント方式で実力のある者が勝ち上がっていくシステムなのである。
さらに、欧米の企業で成功した事例をみると、ハイブリッドな価値観(異文化的な価値観)を持った多様な人材を、能力主義という形での「競争原理」で抜擢している。
「同期」という組織上の横並び意識や日本的な集団主義という旧来の経営システムを捨て去らなければ、日本の企業はグローバルな企業間競争からますます淘汰されていくことになるだろう。
日本企業の終身雇用・年功序列の人事制度と、多国籍企業、国際企業、グローバル企業との関係とは?
■ 「(日本人)」
ほとんどの日本人は誤解しているが、アメリカ企業の能力主義は、利益を最大化するための仕組みではない。
それは、「能力以外で労働者を差別してはならない」というグローバル空間のルールのことだ。
アメリカでは、人種や宗教、性別や年齢で社員を差別することが許されない。
だから定年がないし、履歴書には生年月日を書く欄も、写真を貼る場所もない。
(写真を見れば性別や人種が一目瞭然だからだ)
ひとたび司法の場で差別と認定されると、企業は巨額の賠償金を支払わなければならない。
だがこれは、社会に大きな難問を突きつけた。
あらゆる差別を禁じたとしても、採用や昇進の際に、企業はなにらかの仕方で労働者を選別しなければならないのだ。
そのため唯一残ったのが「能力」による評価だ。
これは能力が、人種や性別のような生得的なもの(どうしようもないもの)ではなく、本人の努力で”開発”可能だとされたからだ。
日本企業の終身雇用・年功序列の人事制度は、年齢と性別によって社員を選別する仕組みだ。
この雇用慣行は日本というローカルな空間のなかでなら維持できるかもしれないが、企業が海外に進出したり、外国人の社員を雇用するようになるとたちまち矛盾が露呈する。
「なぜ日本人の社員と待遇が違うのか」
という外国人社員からの問いに、こたえることができないからだ。
グローバルスタンダードと多国籍企業、国際企業、グローバル企業の定義や違いとの関係とは?
■ 「共創とは何か」
「共創」という言葉を耳にされた事があるだろうか?
この言葉が用いられるようになった背景には、20世紀に人類が怒涛の勢いで築き上げてきた科学技術や産業、経済、政治システムの限界と、現在、急速に進むグローバル化や集中化がもたらす21世紀型社会への危機感が隠されている。
世界が一つのマーケットになりつつある今日において、グローバルスタンダードや大競争の波は、われわれが自分自身のことだけを考えているだけでは生きていけないことを明示する。
そこには、個と個、個と全体との間に様々な対立が現れてきている。
このような対立の解消のために、これまでしばしば用いられてきたお題目として、共存や共生がある。
でも、多分それだけでは十分ではない。
「共創」というキーワードは、もはや単なるお題目ではなく、早急に実現しなければならない課題となっている。
例えば、リサイクル問題では、生産者、消費者、処理業者、行政などの行動主体の意思決定が極めて重要だが、個々の利益追求の合理的行動が、社会システム全体の利益と一致するとは限らず、適切な意思決定がなされないとリサイクル社会は実現されない。
グローバル・マーケティングと多国籍企業、国際企業、グローバル企業の関係とは?
■ 「グローバル・マーケティング入門」
今やグローバリゼーション3.0の時代になります。
世界がフラット化し、個人や企業の活動が国境をあまり意識することなくつながっている世界です。
個人が今居る場所を意識することなくく、マスコミを経由してではなく、インターネットを利用することで、自由に各種の情報にアクセスできるようになりました。
またクラウドコンピューティングを活用することで、ユーザーはインターネットに接続する端末とその上で動くブラウザ、インターネット接続環境があれば各種のサービスを安価で楽しむことができるようになりつつあります。
零細企業では難しかったサーバの購入や管理の大半が不要になるのです。
中小企業や新興国であっても創造性があればグローバルに活躍できる手段が整ってきているのです。
昔は日本の中で存在した単純な作業が、人件費の安い国にアウトソーシングされています。
労働市場を日本国内で閉じた形で考えて企業を経営することはできなくなっています。
世界の変化を背景に、企業も今までとは違い、広く大きな視点を持ち、価値の創造、伝達、実現が求められるようになってきています。
日本のマーケティングはこれまで追いつけ追い越せで、アメリカにあるものを小型にし、品質を良くして安く販売し、アフターサービスを徹底し成功してきました。
しかし現在はマラソンの先頭集団を走るのと同じで、自ら新製品・サービスを考え出し、後に続く人々、地域に普及させていくことが求められています。
グローバルな視点を持ったマーケティングは、これから多くの企業にとり重要になるでしょう。
ITの普及に伴って世界経済は地理的距離も地理的概念も意味をなさなくなり、世界の至るところに競争が迫っています。
地理的概念や距離が意味をなさなくなることによって、先進国だけでなく発展途上国の企業もグローバル・プレーヤーになることが可能になっています。
1つの製品で短期間のうちにシェアを奪ってしまう企業も現れています。
そうした傾向は強まると思われます。
グローバル・マーケティングを展開するということは、国境や地域を越えて、言語や文化、また生活スタイルの異なる市場へ進出するということです。
従って、まずそれら世界の市場や、世界の消費者の購買行動について知ることから、グローバル・マーケティングは始まります。
パラダイス鎖国と多国籍企業、国際企業、グローバル企業の定義や違いとの関係とは?
■ 「パラダイス鎖国」
国内に目を転じると、国際競争力の低下という危機がひたひたと迫っているのに、清潔で安全な社会に住み慣れた日本人は海外に対する興味を失っているように見える。
中からも外からも、つながろうとする力が弱まり、日本は孤立しつつあるのではないか?
日本は、誰も強制していないけれど、住み心地のいい自国に自発的に閉じこもる「パラダイス鎖国」になってしまったのではないか?
「パラダイス鎖国」の一番危険な点は、外部への興味を自らシャットアウトすることで、外の世界の情報と隔絶され、バランス感覚をなくすことだ。
その結果、自信を失って「引きこもり」になったり、極端に国粋主義に走ったりすることがありうる。
いまの自分の生活を否定する必要はまったくない。
お国のために何かをしなければならない、と勧めるつもりもない。
ただ、広い世界で多くのつながりを持ち、自分の位置をなるべく正しく認識した上で、自分の生活がもっとよくなると思う方向に、一歩だけ踏み出してみたらどうか。
「パラダイス鎖国」を嘆くのではなく、そういった時代背景を利用して、いままでと違うことを試してみよう。
「パラダイス鎖国時代」は、考え方によっては、新しくてもっと素敵な日本が生まれるための過渡期でもあるかもしれないのである。
グローバルな足場を持てば、それだけ選択肢が増える。
従来の典型的なグローバルビジネスだけでなく、いろいろな職業や商売にチャンスが増えている。
いままで物理的に外国に行けないために、世界と縁がなかった人でも、バーチャルに海外とのクラスター化活動ができる。
多くの日本人が、もうそれに気づいている。
多国籍企業、国際企業、グローバル企業の定義や違いとは?
(パート3)
んでもって、もしかしたら・・・



なんかにも、ある意味関係するかもしれないので・・・
多国籍企業、国際企業、グローバル企業の定義や違いなどについて、例えばこんな視点からも念のために一応考えてみるのはどーでしょう?
ヾ(・◇・)ノ
多国籍企業とは?
○ ウィキペディア
多国籍企業とは、活動拠点を一つの国家だけに限らず複数の国にわたって世界的に活動している大規模な企業のことである。
○ ITmedia
さまざまな国にビジネスを展開し、それぞれの国の文化に対応しながら拡大を目指す。
それが多国籍企業です。
○ コトバンク
多数の国家に生産のための現地法人を設立し、世界的な事業活動を展開する巨大企業。
超国家企業、世界企業ともいう。
資本自由化とともに日本に対する多国籍企業の進出がみられる反面、日本企業の多国籍化も進んでいる。
○ BIZHINT
主に20世紀頃に盛んであったモデルで、海外の拠点が本国に頼りきりになるのではなく、ある程度自立した状態を指します。
各国共通の機能のみを本国で実施し、それ以外は各地の特性に合った機能を実施。
資源や人材などにおいては、多国籍化が進んでいる状態を指します。
○ Yahoo!知恵袋
多国籍企業とは、国連によれば「2ヶ国以上の国において資産を所有する企業」です。
よく引用されるのは、ポーターの
「多国籍企業は企業活動をいくつかの国にまたがっておこなっているがその諸活動を企業の経営戦略とリンクさせようという度合いが全然無い、もしくは非常に低い企業である」
という定義があります。
報告書によると、現在世界全体で38000社以上の多国籍企業が存在しており、このうち先進諸国を母国とする企業が約9割を占めています。
特に日本企業は3650社(全体の9.5%)であり、ドイツの7,003社(同18.2%)に次いで、企業数では世界第2位 となっています。
また、海外資産額からみた上位100社について見ても、アメリカの31社についで日本企業は21社となっており、日本は多国籍企業が非常に多い国であるといえるでしょう。
国際企業とは?
○ 用語辞典
国際企業とは、国内市場のみならず、国外の市場でも経済活動を行う企業のこと。
または世界を単一の市場とみなして経営する企業のこと。
「グローバル企業」、「多国籍企業」、「世界企業」ともいう。
グローバル企業とは?
○ Weblio辞書
海外市場への進出に重きを置いていたり、従業員の国籍がさまざまに異なるなどグローバルな視点をもつ企業をいう語。
多国籍企業と類似した使い方をされることが多い。
○ ITmedia
グローバル企業は、厳密な言い方をすれば、国やマーケットの違いを超えて、世界中の人間に共通するニーズに対して商品やサービスを提供することで一気にビジネスを展開するという特徴を持っています。
○ Yahoo!知恵袋
グローバル企業とは、「それぞれの国での経営が全体的に調和をもって運営されることにより、統一された経営戦略をもつ企業である」という定義があります。
○ BIZHINT
グローバル企業とは、拠点となっている国以外の様々な国においてビジネス展開し発展している企業を指します。
そもそも「global」は、「地球全体の・世界的な」という意味を持った単語です。
そして、「グローバル企業」とは、拠点となっている国以外の様々な国においてビジネスを展開し発展している企業を指します。
社員の国籍も様々で、ビジネス展開もその国の文化や手法に合わせて進めます。
単に、製造工場などを海外に置いているだけの企業は含まれません。
「グローバル企業」と似た言葉で「多国籍企業」「国際企業」があります。
これらはしばしば同義語として用いられる事もあります。
グローバル企業とは21世紀のモデルであり、本国だけでなく世界の全ての拠点を一つの企業として最適化した状態を指します。
その企業が持つ機能は、世界中において実施する事ができ、本国および各拠点が持つ情報やスキルも、世界中で共有する事ができます。
また、その資源や人材は、多国籍よりも広義な「グローバル」へと進化しています。
この実現には、ICT化の進展とその導入が大いに関わっています。
多国籍企業、国際企業、グローバル企業の定義や違いとは?
(パート4)
うーむ・・・
どっ・・・、どーでしょう???
他にも、例えば・・・







などなども含めると、いろんな意味で考えさせられちゃいません? (^^)
ふーむ・・・、こーやって考えてみると・・・
まだ見えていないだけで・・・
意外なところにヒントがいっぱい溢れている
おお~っ ━━━━ヽ(゜Д゜)ノ━━━━ 見っけ~♪
のかも~???
なーんて、感じません?
(〃▽〃)
どっ・・・、どうでしょう???
皆さまは、どう思われますか?






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